第229話:出発

周りの人々から称賛を受け、夏目沙耶香は涙を笑顔に変えた。

豊田拓海は彼女を支えて端の椅子まで連れて行き、水を渡した。「喉がかれているから、少し飲んだら?」

その時、細田鳴一監督は撮影を一時中断し、わざわざ夏目沙耶香のところまで来て、「沙耶香、素晴らしい演技だったよ。最初のシーンは感情表現が一番豊かなシーンだったけど、君はそれを完璧にこなした。これからはもっと楽になるはずだよ。頑張って!」と言った。

そう言うと、夏目沙耶香に励ましの笑顔を向け、彼女の返事を待たずにカメラの方へ向かい、手を叩きながら「はい、次のシーンの準備!」と声を掛けた。

細田鳴一監督と先輩たちの認めを得て、夏目沙耶香の心は落ち着いた。

実は、さっきの演技の時、自分がどれほど上手く演じているかは分からなかった。ただ本能的に演じ、失敗して恥をかかないようにと願っていただけだった。

意外にも悪くなかった。演技の先生が嘘をついていなかったようだ。彼女には確かに才能があるのだ。

この数日間、昼も夜もセリフを覚え続けた。努力は報われるものだと実感した。

……

一方、馬場絵里菜は結婚式の会場に長居せず、食事を済ませた後、細田登美子と細田芝子に挨拶をして、進藤隼人を連れて帰った。

そのまま足立区へ戻った。

「隼人、学生証を取りに帰って。」

タクシーを降りると、馬場絵里菜は進藤隼人にそう言った。

日本の交通規則では、十六歳未満で身分証明書を持っていない未成年者が飛行機に乗る場合、有効な身分証明書が必要だ。

例えば、戸籍謄本、居住証明書、住民票、または学生証などだ。

進藤隼人は首を傾げて「え?なんで学生証が要るの?」と聞いた。

馬場絵里菜は微笑んで「今は言えないの。早く取ってきて、お姉ちゃんが遊びに連れて行ってあげる」と答えた。

「うん」進藤隼人は愛らしく頷いて、それ以上質問しなかった。

マカオの気温は今、三十度前後。馬場絵里菜は夏物の服を適当に何枚か持って行くことにした。昨夜すでに荷造りを済ませていて、バックパック一つだけなので楽だった。

フライトは夜だったので、二人は家で七時過ぎまで過ごしてから出発した。

「運転手さん、空港までお願いします。」

車に乗るなり、馬場絵里菜はそう言った。