細田芝子も焦りのあまり、思わず口に出してしまい、後悔した。夫の言う通り、兄に頼るなんてありえないことだった。
兄妹の仲は元々薄く、芝子も兄に借りを作りたくなかった。
「大丈夫だよ、焦らないで。俺たち健康なんだから、仕事くらい見つかるさ」進藤峰は芝子を慰め、この件で悩まないようにと気遣った。
芝子は頷いたものの、顔から憂いの色は消えなかった。今、自分は失業し、進藤峰も足を怪我して仕事を休んでいる。怪我の治療には百日かかると言われているが、彼の足が完治しないうちは、絶対に仕事に戻らせるわけにはいかなかった。
今や、家計の収入源は完全に途絶えてしまった。貯金はあるものの、やはり芝子は通帳の金に手をつけたくなかった。
馬場絵里菜はすべてを見ていて、言いようのない辛さを感じていた。
本来なら母に話すときに叔母にも一緒に話そうと思っていたことだが、今の叔母の家庭の状況では、そんな配慮をしている場合ではなかった。叔母は今、自分を必要としていた。
そう考えながら、絵里菜は行動に移した。箸を置くと、芝子を見つめて静かに言った。「叔母さん、食事の後で、午後にある場所に連れて行きたいところがあるんです」
突然の絵里菜の言葉に、芝子と進藤峰は思わず驚いて顔を上げた。
「どこに?」芝子は思わず尋ねた。
絵里菜は少し微笑んで、謎めかして言った。「行けば分かりますよ」
今この時点で自分が会社を立ち上げたことを芝子に話しても、すぐには信じてもらえないだろうと思った。結局のところ、叔母の目には自分はまだ子供に映っているのだから。そこで絵里菜は芝子を直接会社に連れて行き、現実に語らせることにした。
叔父も一緒に連れて行くつもりだったが、足を怪我していたので、それは諦めるしかなかった。
芝子もそれ以上は考えなかった。もともと午後は出かけて、仕事を探してみようと思っていたところだった。
雲が一時間以上空を覆っていたが、雨は一滴も降らず、食事の後は再び太陽が照りつける良い天気となった。
芝子は台所を片付けると、絵里菜と一緒に家を出た。
絵里菜の家の前を通りかかると、芝子は思わず中を覗き込んだ。玄関に鍵がかかっているのを見て、尋ねずにはいられなかった。「お母さん、家にいないの?」
細田登美子は仕事の関係で、普段は昼間家にいて、夜に出勤していた。