細田登美子がこれほど驚くのも無理はない。娘が井上と友達になったなんて、想像もできなかったからだ。
しかし馬場絵里菜は真剣な表情で頷いた。「そうです」
そう言いながら、心の中で母親に謝罪していた。この状況では、嘘をつくしかなかったのだ。
母親の言う通り、十四歳の自分には一人で会社を設立することはできない。身分証明書すら持っていないのだから。
しかし、もし今白川昼の名前を出したとしても、自分以外の誰も彼のことを知らない。白川昼はまるで突然現れた人物のように思われ、母親にはより疑わしく感じられるだろう。
実は、もう一つの選択肢として古谷始がいたのだが、絵里菜は咄嗟に古谷始の名前を井上裕人に変えてしまった。
まず、今日は古谷おじさんもいる。両家は親しい関係にあり、絵里菜はいつかこの嘘がばれることを恐れた。そして、古谷始を巻き込んで一緒に嘘をつかせたくなかった。
これらの考えは一瞬で絵里菜の頭の中を駆け巡った。母親が知っているけれど、真偽を確認できない人物を選ぶ必要があり、その人物は会社設立を手伝える力も持っていなければならない。
井上裕人は、まさに完璧な人選だった。
だから、頭に浮かんだのは白川昼で、声帯では古谷始だったが、最終的に口から出たのは井上裕人だった。
案の定、井上裕人という名前を聞いて、細田登美子の心は不思議と落ち着いた。
彼女は井上とは親しい間柄ではなかったが、入院中に井上が三度見舞いに来てくれた。井上の顔を立てて、登美子は井上を疑うことはなかった。
それに、井上財閥の力をもってすれば、十四歳の少女を利用する必要もない。
しかも、彼女自身も井上財閥の一員なのだ。
細田登美子の表情を見て、絵里菜は母親が安心したことを悟り、自分も密かにほっと胸をなでおろした。
嘘をついてしまったが、今は仕方のない方便だった。さもなければ、母親が根掘り葉掘り聞いてきたら、どんなに説明しても理解してもらえないだろう。
自分が捨仙門主として生まれ変わったなんて言えるはずもない。そんなことを言えば精神科に送られてしまうだろう。誰も信じないに決まっている。
機を逃さず、絵里菜は細田登美子に向かって言った。「お母さん、心配なら私の会社を見に行きましょう」