細田繁はしばらく反応できず、ぼんやりとした表情で鈴木夕を見つめて瞬きをした。
鈴木夕は焦って、目を見開いて叫んだ。「何ぼーっとしてるの?私が話しかけてるのよ!結婚前に会った時、足立区に家があるって言ってたでしょう?」
細田繁はようやく我に返り、軽くうなずいた。「ああ、確かにあったよ。」
しかし鈴木夕が喜びに浸る間もなく、細田繁の次の言葉は冷水を浴びせられたようだった。
細田繁は平然とした顔で言った。「でも、もう売っちゃったよ!」
一瞬にして、鈴木夕の湧き上がろうとしていた喜びは眉間で凍りついた。雷に打たれたような表情で細田繁を見つめ、無数の万札が遠ざかっていくのを感じた。
売った?
「なんで売っちゃったの?」鈴木夕は声を荒げ、その声には心が引き裂かれるような痛みが滲んでいた。
それがどれだけのお金なのか!以前の足立区の家なんて、せいぜい数万円の価値しかなかったのに、今は立ち退きになるというのに、最低でも数百万円にはなったはず。これじゃあどれだけの損失になるのか!
細田繁は鈴木夕の鋭い声にビクッと驚いたが、顔には困惑の色が浮かんでいた。
今日の妻は一体どうしたんだろう、こんなに大げさに。
「結婚の時、あなたの実家は結納金で百万円要求して、新居も欲しがったでしょう。そんなにお金なかったから、私の家を売って、兄さんも自分の家を私にくれたから、一緒に売ったんだよ!」
そう言いながら、細田繁は得意げに続けた。「あの二つのボロ家で二百万円も取れたんだよ。大儲けだったんだ。うちのサンタナはそのお金で買ったんだよ。残りのお金はまだ使い切れてないくらいさ!」
細田繁の言葉を聞いて、鈴木夕は完全に反応を失い、その場で石になったかのように立ち尽くした。
一軒だけじゃなく、細田仲男からもらった家も。
二軒の家を、全部売ってしまった!
二百万円。あの時は確かに儲かったように見えたかもしれない。でも今の立ち退き話と比べたら、大損害だ。二軒の家で少なくとも千万円は損したはず!
千万円だよ!
鈴木夕は心が粉々に砕けるのを感じた。一夜にして大金持ちになる夢もまだ見ぬうちに、現実に無情にも叩き起こされてしまった。
そのとき、細田繁はようやく気づいたように鈴木夕を見て言った。「おかしいな、この話、知ってたはずだよ。結婚前に話したじゃないか!」