その男は盗んだ財布をまだ手に握ったまま馬場輝に現行犯で捕まり、咄嗟に本能的に、手に持っていたナイフを振り上げた。
馬場輝は状況を見て急いで手を放して後ろに飛び退いたが、避けきれなかった。そのナイフは鞄を簡単に切り裂けるほど鋭利なものだった。
馬場輝の腕に明確な痛みはなかったが、冷たい感覚が走り、血が流れ出していた。
「あっ!」
男が突然刃物を振り上げたことで周囲の注目を集め、列に並んでいた女性たちは何が起きたのかわからないまま、血を見て驚きの声を上げ、四散した。
井上雪絵は最初に振り返った人物で、後ろの男が刃物を持っているのを見て驚いたが、その財布がどこか見覚えがあった。
それは自分の財布ではないか?
「お兄ちゃん、ちょっと用事が。また後で。」
井上雪絵は素早く電話を切り、急いで自分のバッグのジッパーを開けたが、バッグの底が切り裂かれているのを見た。