この時代では、デスクトップパソコンにはまだ液晶ディスプレイがなく、全てブラウン管モニターの「デカ尻」パソコンで、通称マイクロコンピューターと呼ばれ、一台数千元もしていた。
ノートパソコンもまだ薄型モデルはなく、重くて大きく、基本的に1万元以上もして、非常に裕福な家庭でしか持てないものだった。
馬場絵里菜は当然ノートパソコンを買う余裕があったが、まだインターネットが普及していない時代で、足立区のような田舎では接続権限すらなかったため、パソコンは買わなかった。
しかし思いがけず、叔母と叔父が彼女の誕生日に、パソコンをプレゼントしてくれた。
デスクトップではなく、1万元以上もするノートパソコンだった。
驚きの後、絵里菜はより一層感動した。
彼女は、叔母の家に数十万元の価値がある家を贈ったことを知っていた。ノートパソコンは家と比べれば取るに足らないものだった。