第479章：正気を失った井上裕人

相原佑也は馬場絵里菜の言葉に答えず、少し驚いた様子で彼女を見つめながら尋ねた。「何？あのバーは...あなたの？」

馬場絵里菜は頷いたが、すぐに気づいて聞き返した。「怪我をした人たち、知り合い？」

相原佑也は表情を曇らせ、一瞬井上裕人の方を見てから頷いて答えた。「俺の弟と井上さんの妹です」

馬場絵里菜：「……」

馬場絵里菜は、バーで怪我をした人の中に井上裕人の妹がいるとは思いもよらなかった。

だからこそ、彼の顔色が今こんなに悪いのだ。

「申し訳ありません」馬場絵里菜は唇を噛んで、謝罪の言葉を口にした。「この件は...」

しかし、言葉を最後まで言う前に相原佑也に手で遮られた。「俺の方は大丈夫です。男同士の喧嘩なんて大したことじゃない。ただ...」

相原佑也は一旦言葉を切り、続けた。「井上さんは簡単には許してくれないでしょう。あの妹さんのことを、すごく大切にしているから」

結局、井上雪絵は女の子だ。バーのような場所で傷つけられるなんて、考えただけでも恐ろしい。もし相原達也が女の子だったら、自分も井上さんと同じような反応をしただろう。

馬場絵里菜は井上裕人の後ろ姿を見つめた。まるで鎧を身にまとったかのような雰囲気で、普段の不良っぽい態度とは全く別人のようだった。

少し考えてから、馬場絵里菜は歩み寄ることにした。そもそも病院に来たのは、怪我人の様子を確認し、その家族に謝罪するためだった。

どんな理由があれ、事件はミューズで起きた。自分のバーだ。責任から逃れることはできない。

井上裕人の背後に立ち、馬場絵里菜は唇を動かしながら、小声で言った。「あの、井上くん。こんなことが起きて本当に申し訳ない。幸い大事には至らなかったけど...」

馬場絵里菜の言葉が途中まで出たところで、井上裕人が突然振り向いた。その顔は恐ろしいほど暗く、普段は人々を魅了する切れ長の目も、今は背筋が凍るような冷たさを湛えていた。

一歩で、井上裕人は馬場絵里菜の目の前に立ち、わずかに見下ろすような姿勢で彼女を見た。

「大事に至らなかった？じゃあ、どうなれば大事なんだ？」

開口一番、その声は氷のように冷たく、骨まで凍りつくような威圧感を放っていた。

馬場絵里菜は後退しなかった。今の井上裕人の気持ちが分かった。むしろ共感できた。