橋本通は、この二人にこれ以上説明する余裕がなく、急いで自分のオフィスへと向かった。
その太った男は、その場に立ち尽くし、追いかけるべきかどうか分からず、表情は困惑と動揺に満ちていた。先ほどまでの横柄な態度はどこへやら。
細田銘夫はさらに呆然としており、契約失敗という事実を受け入れられないようだった。
特に、すでに契約が決まっていたはずなのに、会社を出る前に水の泡になってしまうなんて?
この天国と地獄を行き来するような落差に、若い細田銘夫は大きなショックを受けていた!
「ちっ、目が節穴だな!」
しばらくして、太った男は我に返り、思わず吐き捨てるように言った。「きっと後悔する日が来る。その時は泣きついてくるんだろうな!」
そう言うと、その場に立ち尽くす細田銘夫を引っ張って外へ向かい、さらに続けた。「銘夫、心配するな。歯磨き粉のCMが放送されれば、引く手数多になるさ。こんな新興企業なんか、俺様が相手にするまでもない!」
二人が去ると、それまで静かだったオフィスエリアから、すぐに議論の声が聞こえ始めた。
「ざまあみろ!こんな情けない奴がタレントになりたいだって?」
「マネージャーの方がもっとひどいわ。まだ売れてもいないのに、あんな態度!」
「こんな人は絶対に契約しないでほしいわ。一番困るのは私たちよ。扱いにくい人だってすぐわかるもの。将来きっと嫌な思いをさせられるわ」
「そうそう、さっきの社長の対応がすごくよかった。あの二人が意気消沈してる様子を見て、すっきりしたわ!」
「あの子、ちょっともったいないわね。売れそうな顔立ちしてたのに」
「はっ、それがどうした?人として駄目なら、どんなに見た目がよくても芸能界では長続きしないわよ。同情する価値なんてないわ!」
総支配人室。
馬場絵里菜は社長の椅子に座り、ブラックコーヒーを手に持っていた。
橋本通は彼女の前に立ち、額にない汗を恥ずかしそうに拭った。
しばらくして、やっと苦笑いしながら口を開いた。「社長、突然いらっしゃったんですね?」
「下の会社で用事があって、ついでに様子を見に来たの」馬場絵里菜は気軽な口調で答えた。
そう言いながら、馬場絵里菜は少し顔を上げて橋本通をちらりと見て、冗談めかして言った。「私が来てよかったわ。でないと、本当に誰でも会社に入れるつもりだったの?」