伊藤春は細田仲男を見かけると、顔の笑みが一瞬凍りつき、美しい眉をひそめ、平淡な口調で彼に尋ねた。「どうしてここにいるの?」
細田仲男は目を軽く動かし、伊藤春に釘付けになった視線を抑えようとしたが、それでも目の端から彼女の姿を見てしまう。
もう何年も伊藤春がワンピースを着ているのを見ていなかった。結婚してからずっと、春は家庭と仕事の間で忙しく、自分が女性であることすら忘れていた。細田仲男も同様で、時の流れとともに、大学時代に恋をしていた頃の春がもたらした素晴らしい思い出を完全に忘れてしまっていた。
あの背の高い、笑顔が眩しい美しい少女は、家庭という檻に閉じ込められ、粗末な存在となってしまった。細田仲男はもはや、なぜ伊藤春に恋をしたのか、その理由さえ思い出せなくなっていた。
しかし今この瞬間、目の前の伊藤春を見つめると、もう彼女のために鼓動することのなくなった心が、再び制御不能に震え始めた。
確かに彼女は中山玲奈ほど若くて可愛くないし、玲奈のように甘えることもできない。しかし、伊藤春が持つ色気と、この年齢特有の魅力は、中山玲奈には決して真似できないものだった。
男というものは欲深い生き物だ。これも欲しい、あれも欲しい、すべてを手に入れたがる。
ただし、細田仲男はこの状況に頭を失うほどではなかった。彼は心の中で、もう伊藤春と離婚したことを明確に理解していた。
細田仲男は乾いた喉を鳴らしながら、落ち着いたふりをして言った。「梓時を迎えに来たんだ。」
伊藤春が口を開く前に、細田仲男は急いで説明した。「本当は彼をもう少しここに住まわせたかったんだけど、両親が私の家に引っ越してきて、お母さんが孫に会いたがってるんだ。だから迎えに来たんだ。」
イメージチェンジした伊藤春を前にしてか、細田仲男の話し方は珍しく優しく、そして忍耐強かった。
伊藤春はそれを聞いて、軽く頷き、手に持っていた買い物袋を脇に置いて言った。「わかったわ。お母さんが迎えに来させたなら、一緒に帰らせましょう。」
「梓時は家にいないんだ。もう2時間待ってるんだけど。」細田仲男は言った。
伊藤春はスリッパを履いてリビングに入り、自分で水を一杯注いで二口飲んでから、振り返って細田仲男に言った。「待ち続けたいなら、ここで待っていて。待ちたくないなら、明日私が送り届けてもいいわ。」