第600章:男は皆欲深い生き物

伊藤春は細田仲男を見かけると、顔の笑みが一瞬凍りつき、美しい眉をひそめ、平淡な口調で彼に尋ねた。「どうしてここにいるの?」

細田仲男は目を軽く動かし、伊藤春に釘付けになった視線を抑えようとしたが、それでも目の端から彼女の姿を見てしまう。

もう何年も伊藤春がワンピースを着ているのを見ていなかった。結婚してからずっと、春は家庭と仕事の間で忙しく、自分が女性であることすら忘れていた。細田仲男も同様で、時の流れとともに、大学時代に恋をしていた頃の春がもたらした素晴らしい思い出を完全に忘れてしまっていた。

あの背の高い、笑顔が眩しい美しい少女は、家庭という檻に閉じ込められ、粗末な存在となってしまった。細田仲男はもはや、なぜ伊藤春に恋をしたのか、その理由さえ思い出せなくなっていた。