ただ、橋本恵那は馬場輝の言葉の深い意味を聞き取れなかったようで、自分の言い分を説明し始めた。「輝さん、前のことは私が悪かったのは分かっています。でも、田中勇さんに対して、私に何ができたというの?私はあなたを守るためだったんです。そうしなければ、あなたは仕事を失い、田中さんの報復を受けることになったかもしれないのよ!」
橋本恵那は言いながら、一歩馬場輝の前に駆け寄り、表情は切迫して誠実そうだった。「私のことを怒ってもいいし、許さなくてもいい。でも、私があなたの思っているような人間じゃないということだけは分かってほしいの。」
馬場輝は目の前で顔を上げている橋本恵那を見つめ、表情は淡々として軽くため息をついた。「僕は君がどんな人間かなんて考えたことはない。だから説明する必要もない。ただ分かっているのは、君はあの時、自分が正しいと思う選択をした。その選択が僕じゃなかった。それだけだ。」
馬場輝にとって、確かに橋本恵那のことを不名誉な人間だとは思っていなかった。彼女が田中勇を恐れていたにせよ、他の苦衷があったにせよ、結果として、最後に見捨てられたのは自分だった。
もし当時、本当に橋本恵那がお金のために自分を捨てて田中勇を選んだと思っていたなら、田中勇のところへ行くこともなかっただろう。
すべては、当時の馬場輝の心の中で、橋本恵那の姿が依然として、彼の心をときめかせた少女のままだったからだ。
しかし、それらすべては時間とともに消え去ってしまった。
受けた傷の事実は変えられない。だから今、馬場輝が橋本恵那に向き合うのは、まるで完全な他人に接するかのようだった。
かつて、彼は本当に心から彼女を好きだった。
今は、確かにもう好きではない。
橋本恵那はその場で体をよじり、馬場輝の表情に全く動揺の色がないのを見て、目に信じられないという色が浮かんだ。
これは馬場輝が彼女に対して示すべき反応ではない、こんなはずじゃない。
「輝さん……」
橋本恵那は声を柔らかくし、手を伸ばして再び馬場輝の腕を掴もうとした。しかし馬場輝は軽く体を横に傾け、さりげなく避けながら口を開いた。「もういいよ。急いでるんだ。さようなら。」
このさよならは、本当の別れの言葉だった。
馬場輝は彼女とすれ違い、目の端にも未練を残すことなく、決然とした様子で立ち去った。