第696章:馬場長生親子との出会い

「キィー……」

耳障りなブレーキ音が突然鳴り響き、井上裕人は車を路肩にしっかりと停めた。

周囲は静寂に包まれていた。ここは郊外から東京都内へ向かう必須の道路だったが、この時間帯は他の車も通らず、ただ黄色みがかった街灯が並んで立ち、まるで観客のように車内の二人を照らしていた。

横を向いて、井上裕人は馬場絵里菜に真剣な表情で尋ねた。「俺の態度が演技だと思ってるのか?」

そうじゃないの?

馬場絵里菜は井上裕人に確信に満ちた眼差しを返した。

彼は自分をからかって楽しんでいるだけじゃないの?

馬場絵里菜の目の奥に浮かぶ表情を見て、井上裕人は突然首を振って笑い、そして彼女に尋ねた。「つまり、俺がお前を追いかけたいって言ったのも、冗談だと思ってるってことか?」

「冗談かどうかに関係なく、その言葉自体が私にとっては笑い話よ!」馬場絵里菜は一字一句はっきりと井上裕人に言い返した。

それを聞いて、井上裕人は眉を上げてうなずいた。「いいだろう。本当かどうか、すぐにわかることさ」

それ以上は何も言わず、井上裕人は手慣れた様子でギアを入れ、アクセルを踏んで車を発進させた。

……

翌日の午後、馬場絵里菜は一人でタクシーに乗って会社へ向かった。

偶然にも、会社のエレベーターホールで馬場長生と馬場依子の父娘に出くわした。

馬場絵里菜を見かけた馬場依子は少し驚いた様子で「絵里菜?なんて偶然。どうしてここにいるの?」

おそらく馬場長生がいる場面だったからか、馬場依子はいつもの良い子のふりをして、馬場絵里菜に対して親しげに挨拶をした。

一方、馬場長生は必死に感情を抑えようとしていた。できるだけ自然に、少なくとも以前と変わらないように振る舞おうとしたが、どうしても目が馬場絵里菜の顔から離せず、もう一度だけでも彼女をよく見たいという欲望が滲み出ていた。

馬場絵里菜もある程度驚いていた。まさかここで馬場依子と馬場長生に会うとは思っていなかったようだ。

質問に対して、ただ「人に会いに来たの」と答えた。

馬場依子は「へぇ」と声を出し、その後も馬場絵里菜を見つめ続けた。まるで自分が何をしに来たのか尋ねてくれるのを待っているかのように。

そうすれば、芸能事務所と契約する話を自慢げに話せると思っていたのだ。

しかし、馬場絵里菜には深く話し合う気はなかった。