馬場依子が謝ると、橋本好美の心は柔らかくなった。
「お母さんがあなたのためを思ってのことだと分かってくれればいいの」橋本好美は安堵の笑みを浮かべながら、馬場依子の頭を優しく撫でた。
しかし、馬場依子の次の言葉に、橋本好美は凍りついた。
馬場依子は自信なさげな小さな声で言った。「お母さん、お父さんが芸能事務所と契約することを許してくれたの」
その言葉を言い終えると、馬場依子は怖くなって馬場長生の後ろに隠れた。
橋本好美はダイニングテーブルの横に立ったまま、聞き間違えたのかと思った。
娘を見て、そして夫を見た。
最後に、信じられない様子で尋ねた。「あなた、許したの?」
馬場長生は軽くため息をつき、頷いた。「依子はこのチャンスを大切にしたいと言っているし、勉強に支障が出ないことも約束してくれた。もし成績が下がったら契約を解除すると言い聞かせたんだ」
橋本好美はそれを聞いて、怒りで後ろに倒れそうになったが、一言も発することができなかった。
夫が同意した以上、彼女に何が言えるだろうか?
「もういいよ、妻よ。娘を信じるべきだ。彼女はきっとうまくバランスを取れるはずだ」馬場長生は橋本好美が怒っているのを知り、前に出て彼女を抱きしめ、優しく慰めた。
橋本好美は抱きしめられるままで、何も言わなかった。言うべきことは今日の午後、すべて娘に言ったのだから。
夫は自分と同じ立場に立ってくれると思っていたのに、うまくいっていたのに、階段を上がっている間に、すべてが変わってしまった。
一人の娘さえコントロールできないのに、夫まで加わると、もう争う力も残っていなかった。
……
翌日、馬場絵里菜は井上雪絵から送られてきた住所に従って、一人でタクシーに乗って井上家の大邸宅にやってきた。
荘厳な灰黒色の金属製の大門、周囲を囲む壁が中の全てを包み込んでいた。
馬場絵里菜は深呼吸をして、インターホンを押そうとした時、突然後ろからクラクションの音が聞こえた。
振り返ると、赤いフェラーリのオープンカーが彼女の後ろにぴたりと停まっているのが見えた。
運転席では、井上裕人が白いTシャツを着て、黒いサングラスをかけ、片手を車のドアに無造作に置き、馬場絵里菜を見て眉を上げた。「やぁ、なんて偶然だ!」