予期せぬ事態、母の偉大な愛

木下茉莉に現場を押さえられてしまった。

馬場嬌子は呆然としたまま、恥ずかしさが心に込み上げてきた。

彼女は一糸まとわぬ姿で、しかも木下茉莉の手加減は非常に激しく、すぐに馬場嬌子の顔は豚のように腫れ上がってしまった。

たった一晩のうちに。

臨海高校には様々な噂が広がっていた。

馬場嬌子が交際相手との妊娠を経て中絶手術を受けたという噂。

また、馬場嬌子が他人の恋愛に介入して破壊し、不倫現場をベッドの上で目撃されたという噂も......

「聞いた?馬場嬌子の顔がボロボロにされたんだって」

「私はずっと馬場嬌子がろくな人間じゃないって見抜いてたわ!」

「......」

小林綾乃は噂話に興じる生徒たちの中に立ち、口元に微かな笑みを浮かべていた。

ピピピッ--

空気を切り裂くように携帯の着信音が鳴った。

小林綾乃が携帯を取り出すと、画面上に赤い点が素早く移動しているのが見えた。

この程度の技術で彼女の位置を特定しようとするなんて?

小林綾乃は目を細め、素早く一連のコードを入力した。

その時。

一方で。

黒武がM博士のサブアカウントのIP位置特定を追跡していた。精密な位置特定まであと一歩というところで、次の瞬間。

バン!

彼のパソコンは突然真っ暗になった。

--

小林家。

小林強輝が帰宅すると、妻から姉の件を聞かされた。

小林強輝は眉をひそめた。「なぜもっと早く私に言わなかったんだ?」

大川素濃は言った。「どうやって連絡すればよかったの?LINEは返信なし、電話は電源オフ!職場に2回も電話したけど、同僚はあなたが忙しいって言うばかり!」

小林強輝は自分の仕事の特殊性を知っており、妻を責めることもできず、ため息をついて言った。「姉さんの様子を見てくる」

「ちょっと待って」大川素濃が突然声を上げた。

小林強輝は足を止めた。

大川素濃は彼に手を差し出した。「出しなさい!」

「何を?」

大川素濃は小林強輝が何も知らないふりをしているのを見て、直接彼のポケットから札束を取り出した。

合計で6、7万円もあった!

これは全て小林強輝が密かに貯めていた内緒金だった。

大川素濃は怒り心頭で、「お姉さんにお金を渡そうとしているのは分かってたわ!私は毎日質素な生活をしているのに、あなたときたら姉さんのことばかり考えて!」

小林強輝は眉をひそめた。「静かにしてくれないか!あの人、僕の姉さんなんだから!幼い頃から私を育ててくれた恩人だ。姉がいなければ今の私はない!姉にお金ぐらい、何が問題なんだ?」

「だめって言ったらだめ!もしこのお金を姉さんに渡したら、私たちの関係もおしまいよ!離婚!」

大川素濃はとても怒っていた。

誰だって生活があるのだ。

彼らは新居を購入したばかりで、あらゆる出費がかさみ、まだローンも残っている。6、7万円は決して少額ではない。これから小林桂代母娘と一緒に青葉市で暮らすことになる。

どこにでもお金がかかる!

小林強輝はこの時点で口論しても事態が悪化するだけだと分かっていたので、それ以上何も言わず、姉の部屋へ向かった。

小林強輝を見て、小林桂代はとても嬉しそうだった。「強輝が帰ってきたのね」

小林強輝は頷いた。「姉さん、大丈夫?」

小林桂代は首を振り、笑いながら言った。「大丈夫よ、これまでの何年もずっと耐えてきたんだから」

それを聞いて、小林強輝はほっとした。「姉さんがそう考えられるなんて本当に良かった!綾乃は分別のある良い子だから、きっと将来有望よ。青葉市に行けば、いい暮らしができるはずだ」

「うん」小林桂代は頷いた。

二人は長い間話し込んでから、小林強輝は部屋を出た。

小林強輝の後ろ姿を見つめながら、小林桂代の目には苦い色が浮かんだ。

娘は近々、弟の家族と共に青葉市へ移住する予定だ。自分の存在は娘の評判を貶めるだけだ。

娘には明るい未来がある。自分は娘の重荷になってはいけない!

小林桂代はドアに寄りかかり、声を殺して泣いた。

数分後、小林桂代は棚に隠してあった農薬を取り出し、そっとドアを開けて外に向かった。

彼女の姿は暗闇の中にすぐに消えていった。

--

小林綾乃が帰宅すると、母親が寝室にいないことに気付いた。

「おじさん、母さんを見かけませんでしたか?」小林綾乃は小林強輝に尋ねた。

小林強輝は首を振った。

「おばさんを見たよ」小林国史はおもちゃの銃を持って外から入ってきた。「おばさんが農薬の瓶を持って出て行くのを見たよ!」

農薬の瓶?

それを聞いて、小林強輝は一瞬固まり、顔色が真っ青になった。「まずい!」

小林綾乃も事態の異変に気づくと、すぐさま外へ駆け出し、小林桂代を探しに行った。

前世では母親がいなかった。

小林桂代との付き合いは短かったが、この平凡な女性から偉大な母性愛を感じていた。

母娘でこの劣悪な環境から抜け出し、青葉市で運命を変えようとしているこの時に、小林綾乃は絶対に小林桂代に何か不測の事態が起きることを許さない!

一方で。

小林桂代はよろめきながら両親の墓前にたどり着き、どさっと跪いた。

「お父さん、お母さん、不孝な娘が拝みに来ました」

静かな夜に、小林桂代に返事をするのは数声の不吉なカラスの鳴き声だけだった。

不気味な雰囲気が漂っていた。

「お父さん、お母さん……あなたたちが早くに逝ってしまったから、私は桂美と強輝の学費と生活のため、ずっと働き続けてきました。こんなに苦しかった毎日、天国で見ていてくれましたか?」

両親が早く亡くなり、弟と妹の面倒を見る責任は自然と小林桂代の肩に落ちた。

しかし、彼女も弟、妹より3、4歳年上だけだったのだ。

苦労の末に弟と妹を成人させたかと思えば、今度は自らが他人の家庭を壊す不倫の関係へと追い込まれてしまった......

過去の人生を振り返り、小林桂代は声を上げて泣いた。

今の彼女には、死をもって潔白を証明する以外に道はなかった。

やがて、小林桂代はゆっくりと農薬の瓶の蓋を開け、中身を一気に飲み干した。

農薬は苦く、喉を通すのが困難だった。

彼女が死んでしまえば。

小林綾乃は不倫相手の子供だと罵られることもなくなる。

そう考えると、小林桂代の口元に淡い笑みが浮かんだ。

娘の将来のために。

自分が死んでもいい。

小林綾乃が探し当てた時、小林桂代はすでに地面に倒れていたが、まだわずかな意識が残っていた。

「お母さん!」

「綾乃……来てくれたのね……」小林桂代は既に体力の限界を迎え、眼前が揺らめき、腹部をえぐられるような痛みに耐えながらも、娘の姿を認めた瞬間、最後の力を絞り出した。「約束して……これからは……自分を大切に生きて……。それから……(息を継ぎながら)お母さんは……あの人と不倫なんか……絶対に……しなかった……(かすれゆく声で)天国から……ずっと……綾乃を……守るから…….」

「お母さん!私はお母さんが不倫していなかったって信じています!しっかりして!」小林綾乃は話しながら、指を小林桂代の喉に突っ込み、直接押し下げた。

これは嘔吐を促すためだった。

今は何よりも小林桂代に飲み込んだ農薬を全部吐き出させることが急務だった。

「オエッ!」

次の瞬間、小林桂代は黄白色の液体を吐き出した。

空気中には刺激的な農薬の臭いが漂った。

小林綾乃はこれだけでは足りないと分かっていた。彼女は続けて小林桂代の喉を押し続けた。

吐き出す量は増えていったものの、小林桂代は意識を失い、昏睡状態に陥った。

小林綾乃は必死に冷静さを保とうとし、夕方薬局で買った鍼灸セットをポケットから取り出した。これは緊急用に買っておいたもので、まさか本当に使うことになるとは思わなかった。

小林綾乃は片手で懐中電灯を持ち、もう片手で銀針を握り、手際よく小林桂代の体のツボに次々と針を打っていった。

これらのツボはすべて解毒効果がある。

しかし、これは一時的な効果しかない。

小林桂代を完全に回復させるには、県立病院で胃洗浄をする必要がある。

鍼灸が終わると、小林綾乃は母親を背負って山を下り始めた。

長年の農作業と栄養不足で、小林桂代の体にはほとんど肉がなく、身長165センチで体重は40キロにも満たなかった。

山道は凸凹で歩きにくかった。

まだ体力が完全に回復していない小林綾乃だが、どこからそんな力が湧いてきたのか、ずっと小林桂代を背負い続けた。石につまずいて転んでも、また立ち上がって前に進み続けた......

つまずきながら山腹まで来たとき、小林綾乃は呼び声を聞き、遠くから懐中電灯の光が見えた。

「姉さん!お姉さん!」

それを聞いて、小林綾乃はすぐに応答した。「ここです!おじさん、ここにいます!」

小林綾乃の声を聞いて、小林強輝は目の前の茨も気にせず、急いで前方に走っていった。「綾乃!心配するな、おじさんが来たぞ!」

茨をかき分けて、小林綾乃の姿を見た瞬間、小林強輝は言葉を失い、ただ目頭が熱くなるのを感じた。

少女の顔に傷だらけだった。

みすぼらしい姿。

小林綾乃はまだ17、18歳の子供に過ぎないのに、その細い体で小林桂代という大人を背負っていた。