050:ただの紙切れではない

藤原巧は息をするのも怖くなり、顔が真っ青になった。

小林綾乃を見ると、相変わらず落ち着いた様子で、静かに口を開いた。「藤原叔母さん、今の私の言葉、全部お聞きになりましたか?」

敬語を使い、丁寧な口調だったのに、背筋が凍るような恐怖を感じさせた。

藤原巧の額に冷や汗が浮かび、「は、はい」と答えた。

人間誰しも、死を恐れないものはいない。

小林綾乃には容赦ない強さがあった。

藤原巧のような喧嘩っ早い女でさえ、魂が抜け落ちそうになった。

満足な答えを聞いた小林綾乃は、ゆっくりと柱に刺さった包丁を取り、落ち着いて階段を上がっていった。

小林綾乃が階段の奥に消えていく姿を見て、藤原巧の心の重石がようやく下りた。全身の力が抜け、壁にもたれかかって荒い息を吐いた。

他の人々は互いに顔を見合わせ、その後、暗黙の了解で椅子を持って各々の家に帰っていった。

彼らは二度と人の陰口を言うまいと心に誓った。

怖すぎた。

幸い小林綾乃は道理をわきまえた良い子だった。そうでなければ、今日は藤原巧だけでなく、皆が災難に遭っていただろう。

「全部藤原が悪いのよ!人の母親の悪口なんか言う必要なかったでしょう?」

「そうよそうよ!私たちまで巻き込まれるところだったわ」

「綾乃ちゃんは分別のある子よ」

木下は頷きながら、「そうですね、私も前から言ってましたよ。綾乃ちゃんもお母さんも素直な人たちだって」

この言葉に、馬場おばあさんと山口おばさん、そして王丸叔母さんは揃って木下を見上げた。

木下は以前、そんなことは言っていなかった。

これまでは、藤原巧の次に悪口を言っていたのは木下だった。

木下は少し気まずそうに笑って、「前は誤解でした!もう二度と綾乃ちゃんと綾乃のお母さんの悪口は言いません!」

——

小林綾乃は家に戻ると、静かに包丁を元の場所に戻し、何事もなかったかのように振る舞った。

小林強輝はエプロンを着けたまま、リビングを行ったり来たりしていた。

小林綾乃は不思議そうに尋ねた。「おじさん、何を探してるの?」

「包丁だよ」小林強輝は焦った様子で言った。「ちょっと目を離した隙に、包丁がなくなっちゃったんだ!おかしいと思わない?」

小林綾乃は平然と「さっき見たとき、まな板の上にありましたよ」と言った。

小林強輝は目を丸くした。