その言葉を言い終えると、雨子は振り返ることもなく寝室へと向かった。
その後ろ姿を見て、鈴木慧子は困ったような表情を浮かべた。
ルームメイトとして、注意すべきことは全て注意したのだから、もしその皇妃物語に何か問題があったとしても、自分は後ろめたさを感じることはないだろう。
一方。
部屋に戻った雨子は、鏡の前に座り、買ったばかりのシミ取り製品を丁寧に塗り始めた。
彼女の顔立ちは悪くなかった。
ただ、鼻の両脇にびっしりとそばかすがあった。幸い、そばかすはニキビと違って、ファンデーションで隠すことができる。
だから普段は誰も気付かない。
化粧を落とした時だけわかるのだが、この理由で、雨子の青葉市の地元の男性と付き合いたいという願いは叶わないままだった。
青葉市民は条件が良く、男性たちは素顔も綺麗な女の子を求めている。
でも今は心配する必要はない。
鈴木慧子のような顔でも改善できたのだから、自分のも必ずできるはず。
そうすれば、彼女も完璧な素顔美人になれる。
そう考えると、雨子はより一層丁寧にシミ取りクリームを顔に塗り始めた。
――
皇妃物語の商売は非常に好調で、中村忠正と馬場沙保里は得意げだった。なぜなら、彼らの食堂の商売は美人亭が移転したにもかかわらず悪くならず、むしろ以前より客が増えていたからだ!
これで大川素濃と小林桂代に何が言えるというのだろう?
美人亭が移転した後、大谷食堂は駄目になるなんて大口を叩いていたのに?
今でも彼らは変わらずに儲かっているのだ。
馬場沙保里は美人亭の新店の前まで来ると、ひまわりの種をかじりながら、わざと美人亭の隣の店主と話を始めた。「皇妃物語は今日も商売繁盛よ。午後なんか行列ができてたわ!」
大川素濃と小林桂代に聞こえるように、わざと声を大きくした。
美人亭の隣は駄菓子屋で、店主は山口おばさんという中年女性だった。それを聞いて驚いた様子で「本当ですか?」と尋ねた。
「もちろん本当よ。あそこは風水の良い場所だから、誰が来ても行列ができるのよ」ここで馬場沙保里は声を落として「そういえば、今日の美人亭の調子はどう?」
山口おばさんは「商売は悪くないけど、そんなに長い行列はできてないわね。前ほど良くないみたい」と答えた。
実際は以前より悪くなったわけではなかった。