第3章 財布盗難事件

しかし、田中恵子が杉本瑠璃のカバンと机の中を調べても、石川静香の財布は見つからなかった。桑原穂乃は一瞬、呆然とし、目を見開いた。信じられないという表情がその顔に浮かぶ。――確かに、私は石川静香の財布を杉本瑠璃のカバンに入れたはず。ただ開けばすぐに見つかるはずなのに、どうしてないの!?

杉本瑠璃は目を上げ、桑原穂乃の驚いた目と合わせると、唇の端がかすかに上がり、目に浮かぶ嘲笑は桑原穂乃の知らないものだった。桑原穂乃はそれを見て、心が沈み、少し慌てた様子になった。

なぜ?どうしてこんなことに?

突然、桑原穂乃は不吉な予感がしたが、よく考える間もなく、田中恵子は彼女のところまで探索を進めてきた。

窃盗に関わることなので、田中恵子は自ら手を下した。桑原穂乃のカバンの中身を出したとき、ピンク色の財布が落ちてきた。

ドーン!

「えっ!? うそでしょ!」

「これって石川静香の財布じゃない?」

「なんで桑原穂乃のカバンにあるの!? もしかして……盗んだ!?」

「信じられない、まさか桑原穂乃が盗んだなんて。全然わからなかった。普段は石川静香と仲良くしてたのに、どうしてこんなことするの?」

クラスは一気に騒がしくなり、みんなが議論を交わし、ひそひそ話をし、桑原穂乃を見る目は、まるで泥棒を見るようだった。

桑原穂乃は完全に呆然としていた。確かに石川静香の財布を杉本瑠璃のカバンに入れたはずなのに、なぜ自分のカバンから出てきたのか?

ありえない、絶対にありえない!

「私じゃない、私が盗んだんじゃない、杉本瑠璃よ、きっと彼女が私を陥れたんだわ!」

桑原穂乃は慌てて、杉本瑠璃を指差しながら叫んだ。「財布を盗んだのは明らかにあなたでしょ。わかったわ、私を陥れようとしたのね!」

みんな驚いていた。事態がこんなに大きな展開を見せるとは。桑原穂乃と杉本瑠璃、どちらが本当の泥棒なのか?

石川静香は桑原穂乃を見て、それから杉本瑠璃を見て、疑わしげな口調で言った。「私が知る限り、桑原穂乃の家庭環境は悪くないし、人の財布を盗む必要なんてないはず。でも、ある人は家が破産したって聞いたわ。お金が必要だったんじゃない?」

石川静香は杉本瑠璃が盗んだとは明言しなかったものの、みんなを誘導して杉本瑠璃を疑わせようとしていた。

石川静香は本当に杉本瑠璃が盗んだかどうかなど気にしていなかった。今このチャンスがあるのだから、杉本瑠璃を辱める機会は絶対に逃すまいと思っていた。

「そうよね、桑原穂乃の家にはお金に困ってないし、石川静香の財布を盗む必要なんてないわ」

「私たちのクラスで今まで盗難事件なんてなかったのに、ある人の家が破産したとたん、財布がなくなるなんて、偶然すぎない?」

石川静香が口火を切ると、当然多くの人が追い打ちをかけた。彼女たちの言う「ある人」が杉本瑠璃を指していることは明らかだった。

杉本瑠璃は冷ややかな目でこれらの人々を見つめていた。人間性の醜さは、成人する前からすでに現れているのだ。ただ、この時期の醜さは、多くの人が気付かないだけなのだ。

「杉本瑠璃、この財布は本当にあなたが取ったの?」

担任の田中先生までもが厳しい目で杉本瑠璃を見て、生徒たちの言うことにもっともらしさを感じているようだった。

杉本瑠璃は冷笑を浮かべた。田中先生はいつも世渡り上手で、この時期に強い者に付くのも当然だろう。彼女は人民教師だが、人民教師だからといって道徳心がなければならないという決まりはないのだから。

「田中先生、そのような質問は少し可笑しいと思いませんか?財布は先生が直接桑原穂乃のカバンから見つけたものです。それなのに私に聞くというのは、生徒を不当に疑うことになりませんか?まっとうな教師のすることではないと思いますが」

杉本瑠璃に言い返され、田中先生は一瞬言葉に詰まり、顔がぎこちなくなった。確かに財布は自分が直接桑原穂乃のカバンから見つけたもので、証拠もなく杉本瑠璃を疑うのは自分の過ちかもしれない。

しかし生徒たちの前で面子を失うわけにはいかず、軽く咳払いをして、厳しい口調で言った。「でも、なぜ桑原穂乃はあなたが盗んだと言うの?クラスにはこれだけの生徒がいるのに、なぜ他の人ではなく、あなたを疑うの?」

さすが教師だ、いつでも言い訳を見つけられる。もし以前の杉本瑠璃なら、この教師を恐れたかもしれない。しかし今の杉本瑠璃は死さえも恐れない。どうして小さな一教師を恐れることがあろうか?

「そのような質問は先生が桑原穂乃に聞くべきではないでしょうか?実はこの件は単純です。先生が警察に通報すればいい。窃盗も軽い罪ではありません。警察なら、もっと公平に、個人の感情ではなく事実に基づいて判断してくれるはずです」

杉本瑠璃は一歩も譲らず、凛とした態度で、自ら警察への通報を提案した。クラスの男子生徒たちの中には、杉本瑠璃が盗んだかもしれないと思っていた者もいたが、今では違うと考え始めていた。

もし彼女が盗んでいたのなら、絶対に警察通報なんて言い出さないはずだ。

田中先生の顔色が赤くなったり青ざめたりし、無意識にメガネのブリッジを押し上げた。

【警察?それは絶対にダメだわ。この件が大きくなったら、私にとって何の得もない。何か解決方法を考えないと】

杉本瑠璃は田中先生を見つめ、彼女の心の中の考えを読み取った。杉本瑠璃は思わず冷笑を浮かべた。

これが担任教師か。生徒に問題が起きた時、真相を究明して生徒の潔白を証明しようとするのではなく、自分の将来を心配するとは。

「もちろんです。たとえ先生が通報しなくても、私の潔白を証明するために、私は警察を呼びます。今の時代、科学技術はとても発達しています。もし私が本当にその財布に触れていたのなら、財布には私の指紋が残っているはずです。逆に、他の誰かが触れていたなら、その人の指紋も残っているでしょう。これで誰が本当の盗人なのか、一目瞭然ですね。」

杉本瑠璃が財布に触れた時は服越しだったので、財布に彼女の指紋は残っていなかった。

これを聞いて、桑原穂乃はほとんど立っていられないほど動揺し、目が落ち着かず、完全に心虚な様子だった。彼女は策略に長けているが、結局まだ未成年の子供で、警察が誰が泥棒か特定できると聞いて、もはや冷静さを装うことができなくなった。

杉本瑠璃の落ち着いた態度と、桑原穂乃の慌てた様子を比べれば、目のある人なら誰が財布を盗んだのかわかるはずだった。

多くの男子生徒は以前、桑原穂乃に良い印象を持っていたが、今では完全に覆された。逆に杉本瑠璃は、誣告されても冷静に対処する姿に、多くの男子生徒の注目を集めていた。

石川静香は桑原穂乃を強く睨みつけ、目を回しながら、突然口を開いた。「田中先生、私が不注意だったんです。今朝、カバンのチャックの調子が悪くて、財布を使った後、桑原穂乃に預かってもらったんです。さっき財布が見つからなかった時、そのことを忘れていました。全部誤解なので、このままにしましょう」

石川静香は無理に笑っていて、誰が見ても桑原穂乃のためにフォローしているのがわかった。杉本瑠璃が読み取ったところによると、何人かの男子生徒は石川静香が優しいと感じ、桑原穂乃のためにフォローしてくれたことを評価していた。

これを読み取って、杉本瑠璃は本当に笑ってしまった。石川静香は横柄なところはあるが、策略は桑原穂乃に劣らない。これは意図的なものだ。

わざとこんな不自然な嘘で桑原穂乃をフォローし、まるで桑原穂乃に体面を保たせてあげているかのように見せかけながら、実際には人気を集め、大多数の人の好感を得た。桑原穂乃も石川静香に感謝せざるを得なくなった。

どうやら、自分は以前、石川静香を見誤っていたようだ。また一人の策士か。

こうして、一連の騒動は誰にも気づかれないまま収束した。結果的に、この出来事で勝者となったのは杉本瑠璃と石川静香の二人。そして唯一の敗者は、桑原穂乃だった。表面上は桑原穂乃が大きく恥をかいたようには見えない。

だが、男子生徒たちの心の中では、すでに彼女に対する評価が変わってしまっていた。今までの桑原穂乃は、「美人で性格も良い」という印象を持たれていた。だが、今回の騒動を経て、彼女が「計算高い女」であることに気づいた男子たちは、無意識のうちに距離を取り始める。

夕方の下校時、石川静香たちの冷やかな嘲笑の中、杉本瑠璃は学校を後にした。あんな白蓮花や、腹黒い女たちなど、対応する価値もないと思った。