「図に乗るのは良くない習慣だぞ。お前、本当に俺がその安物の翡翠が欲しいと思ってるのか?」
羽田和彦は杉本瑠璃の目の前でその翡翠を投げ捨てそうになった。この忌々しい女め、よくも自分と値段交渉などできたものだ。命が惜しくないのか?
杉本瑠璃は全く動じる様子もなく、吉田太郎は焦って、瑠璃の耳元で小声で言った。「五百万円は破格の値段ですよ。あなたの翡翠なんて全く価値がないんです。欲張り過ぎは禁物ですよ。羽田様は敵に回してはいけない方です。ここで手を引くべきです」
他の人は事情を知らないが、杉本瑠璃は分かっていた。この羽田和彦は自分と賭けをした相手に対して非常に執着があるはずだ。そうでなければ、誰が五百万円も出して無価値な翡翠を買うだろうか?
確かにこの五百万円は彼女にとって重要だった。父が石川賢明に借りた金を完済できる。しかし今は手元に現金がなく、玉石に対する感知能力を更に検証したければ、お金を使って原石を買い続けるしかない。
彼女はあの大きな原石に目をつけていた。しかし大きな原石は値段も高く、手持ちの千円では全く足りない。
今、羽田和彦が自ら門戸を開いてきたのだから、もちろん見逃すわけにはいかない。
「羽田様がお高いとお感じになるなら、この翡翠とはご縁がなかったということですね」
杉本瑠璃は羽田和彦に手を差し出した。その意図は明白で、翡翠を返してもらおうとしており、もう一方の手で五百万円の小切手を差し出した。
周りの人々はこの展開に驚きを隠せなかった。まず羽田和彦が破格の値段で無価値な翡翠を買おうとし、次に杉本瑠璃が売らずに五百万円を返そうとする。
この二人は、どちらも常識はずれだ。
今この時、皆がその無価値な翡翠が自分のものであればと、その五百万円が自分のものであればと願わずにはいられなかった。
羽田和彦は杉本瑠璃をじっと見つめ、彼女が駆け引きをしているのだと確信していた。
「ふん、分かっていない奴だ。売る気がないなら、俺も無理強いはしない」
羽田和彦は小切手を引き抜き、嫌悪感を露わにして翡翠を杉本瑠璃の胸元に投げ、踵を返した。
長年のビジネス経験から、羽田和彦は相手との心理戦の仕方を知っていた。杉本瑠璃がこの先も冷静でいられるはずがないと思っていた。
しかし、一歩、二歩...十歩と歩いても、杉本瑠璃は彼を呼び止める様子すら見せなかった。
羽田和彦の歩みは既に小刻みになっていた。杉本瑠璃が考えを改めるのを待っていたのだ。あと数歩で視界から消えてしまう。
この瞬間、羽田和彦は困惑していた。彼はビジネス界で長年の経験を積んできたが、見抜けない相手は指折り数えるほどしかいなかった。そして目の前の杉本瑠璃も、その一人となった。
この杉本瑠璃は、自分が必ずこの翡翠を買うと見抜いているのか、それとも愚かすぎるのか。
最初は彼に贈ろうとし、次は六百万円を要求する。一体何がしたいのか?
足を止め、振り返り、再び大股で杉本瑠璃に向かって歩み寄った。その高い体躯で瑠璃の前に立ち、まるで王者のように。
「五百万円が限界だ」
羽田和彦は、こんなに若い女の子がこれほどの精神力を持っているとは思いもよらなかった。
今日、三島様との賭けでなければ、こんな恥ずかしい真似はしなかっただろう。
杉本瑠璃は小切手を見つめ、そして石川賢明親子を見た。「この五百万円はちょうど借金を返すのに足りる額です。残りの百万円は、私が原石を買うためのものです」
彼女は値段交渉をせず、ただ金の使い道を羽田和彦の前に示した。彼女は羽田和彦から、彼が必ず五百万円で彼女の翡翠を買わなければならないことを読み取っていた。だから羽田和彦に体面を保つ余地を与えた。羽田和彦が賢明であることを願って。
案の定、羽田和彦はそれを聞いて目に光るものを宿した。杉本瑠璃から翡翠を取り戻し、小切手を彼女に渡した。「五百万円だ。お前が目をつけた原石は俺の勘定に入れておく」
「取引成立です!」
杉本瑠璃の最初からの計画は、まさにこれだった。
なぜか、杉本瑠璃の狡猾な成功の眼差しを見て、羽田和彦はまた立ち去る気が失せた。彼は、自分に例外を作らせ、不快な思いをさせたこの女に、一体どれほどの能力があるのか見てみたくなった。
杉本瑠璃は直接小切手を持って石川賢明の前に歩み寄った。一歩一歩、歩幅は大きくなかったが、それぞれの一歩が人々の心を刺すかのようだった。
「これが五百万円の小切手です。父が借りた金は、今日完済します」
借金を返すことに、杉本瑠璃は心から納得していた。しかし、金を返し終えたら、後日談を探るのは彼女の自由だ。
向こうから差し出された金を、石川賢明が断る理由はなかった。彼は杉本律人にもはや金がないことを知っていた。以前は五百万円が水の泡になることを心配していたが、今杉本瑠璃が五百万円を持ってきたのだから、当然受け取るつもりだった。
石川賢明は急いで小切手を奪おうとしたが、掴めなかった。杉本瑠璃の嘲笑的な眼差しを見て、石川賢明の表情が一瞬暗くなった。「お前、俺を弄んでいるのか?言っておくが、今日金を返さなければ、すぐに警察を呼んでお前たち家族全員を刑務所に入れてやる!」
杉本瑠璃は冷笑して、「借用書を」と言った。
彼女は馬鹿ではない。石川賢明のような小人と取引するには、きちんとした手順を踏むのが賢明だ。
石川賢明も無駄口を叩かず、内ポケットから本当に杉本律人が書いた借用書を取り出した。借用書を受け取った瞬間、杉本瑠璃は言葉では表現できないほどの安堵感を覚えた。
心の重荷が、ついに下りた。
この人生では、両親に一切の辛い思いをさせないと決意した!
「五百万円...本当に大金ですね。これがあれば、残りの人生何もしなくても暮らしていけます」
杉本瑠璃は借用書を大切にしまいながら、意味深な目つきで言った。
石川静香は父親の石川賢明とは考えが違った。石川賢明は杉本律人に金を返してほしいと思っていたが、石川静香は杉本家が石川家に借金があることで、杉本瑠璃が永遠に自分の前で頭を下げなければならないと思っていた。
今、杉本瑠璃が借金を完済してしまい、石川静香は心中穏やかではなかった。
「あ、あなた、調子に乗らないで。借金を返したからって、もう威張れると思わないでよ。ふん、これからが長いんだから、覚えておきなさい!」
二人は同じ学校の同じクラスだ。今や学校中の人が知っている、杉本家が破産したことを。これからの杉本瑠璃の苦しい日々はまだまだ続くはずだ。
見ていなさい!
杉本瑠璃は石川静香を相手にする価値はないと思っていたが、かといって好き勝手にされる柔らかい柿でもない。眉を少し上げ、冷笑して、「殴られるのが好きなの?いいわ、私たち...これからが長いわね!」
石川静香は怒りで跳び上がりそうになったが、最後は石川賢明に引っ張られて立ち去った。ここは人が多すぎる、杉本瑠璃と手を出し合えば損をする。この小娘め、よくも自分の面子を潰してくれた。必ず杉本瑠璃に色よい目を見せてやる。
石川親子の去っていく背中を見ながら、杉本瑠璃はある角を一瞥し、誰かが後を追っていくのを見て、唇の笑みがより一層輝いた。
石川賢明に言い忘れたが、彼女からお金を取るなら、同様に代価を払わなければならない。
羽田和彦が虐められすぎて気が狂ったのか、自ら杉本瑠璃に近づいてきた。「原石を選ぶんだろう?始めろ」
羽田和彦が気が狂ったわけではない。ただ、杉本瑠璃に一杯食わされたことで気分が悪く、そうであるなら、この杉本瑠璃に一体どんな特別な点があって、上階のあの方の注目を引いたのか、見てみたいと思ったのだ。
杉本瑠璃は肩をすくめた。羽田和彦がスポンサーとして彼女の原石選びに付き合いたいというなら、もちろん異議はない。