この時間帯は温泉に入る人もほとんどいなかったので、杉本瑠璃は小さな温泉を選び、そこには彼女一人だけだった。
温泉に入った瞬間、肌が絹のように滑らかになるのを感じた。確かに山田社長の言う通り、一度入ったら出たくなくなるほどだった。
杉本瑠璃が目を閉じてくつろいでいると、心身ともにリラックスしていた時、誰かの助けを求める声が聞こえてきた。
「助けて、助...助けて」
その声は小さく、杉本瑠璃の耳が敏感でなければ、聞き取れなかっただろう。
杉本瑠璃は目を開け、周りを見回した。この時間帯はほとんど誰も温泉に入っておらず、来た時も人がいるのに気付かなかった。
急いで立ち上がり、バスローブを着て、杉本瑠璃は声のする方へ足早に向かった。奥まった場所にある小さな温泉に着くと、水着姿の女の子が温泉の階段に寄りかかっているのが見えた。体の半分は温泉の中、半分は外に出ており、呼吸が困難そうだったが、まだ意識はあった。
医者としての本能から、杉本瑠璃は急いで近寄り、しゃがんで尋ねた。
「お嬢さん、大丈夫ですか?」
女の子は耳元で声がするのを聞き、ゆっくりと顔を上げた。小さな顔は真っ赤で、息を切らしながら「私...私、喘息持ちで...薬を...持ってきてないんです」
喘息?
杉本瑠璃は眉をひそめた。喘息なら鍼治療で対応できるが、師匠の言葉を思い出した。医師免許を持っていない間は、むやみに治療してはいけない。医療事故が起これば、医師になる道も閉ざされてしまう。
杉本瑠璃は前に出て女の子を支え起こした。女の子の体重は全て杉本瑠璃にかかり、一歩進むのも困難だった。温泉プールの脇のソファまで連れて行き、女の子を正座させ、上体を前に傾けさせた。
周りを見回し、女の子のバスローブを拾い上げて羽織らせた。喘息持ちは寒さに弱い。温泉から上がったばかりで体は温かいが、喘息の状態は特殊だ。
おそらくこの女の子は温泉に長く浸かりすぎて、湿気で症状が出たのだろう。今は喘息の薬がないので、応急処置として知っていることしかできない。
女の子の服装を整えてから、杉本瑠璃は尋ねた。「今どんな感じですか?呼吸が苦しいですか?どの部屋に泊まっていて、薬はどこにありますか?」
女の子はしばらく呼吸を整えてから答えた。「16棟です。薬は...部屋のテーブルの上に...置いてあります」