024木村坊ちゃまのシュレディンガーの気分と物理の本_3

彼が今夜何度も言いかけては飲み込んでいた様子を、ふと思い出した。

彼女はポケットから最後のさくらんぼ味のフルーツキャンディーを取り出した。

木村浩に渡した。

「何?」木村浩も車から降りた。彼は白川華怜が路地に入るのを見送ってから車に乗るつもりだった。

白川華怜は手を開き、赤と緑の包み紙のキャンディーを彼の手のひらに置いた。彼女の指は細く、暗い街灯の下で冷たい翡翠のように見えた。

「朝、バスでおばさんがくれたの」白川華怜は顔を上げ、彼の目を見つめ、ほんの一瞬笑って、そして真剣な表情で言った。「お疲れ様でした、木村先生」

彼女は周りの人をいつも、この世を通り過ぎる観客のように見ていた。

笑顔を見せても、それは気まぐれで目には届かなかった。

浮き草のように、少し気を抜けば風に飛ばされてしまいそうだった。