彼が今夜何度も言いかけては飲み込んでいた様子を、ふと思い出した。
彼女はポケットから最後のさくらんぼ味のフルーツキャンディーを取り出した。
木村浩に渡した。
「何?」木村浩も車から降りた。彼は白川華怜が路地に入るのを見送ってから車に乗るつもりだった。
白川華怜は手を開き、赤と緑の包み紙のキャンディーを彼の手のひらに置いた。彼女の指は細く、暗い街灯の下で冷たい翡翠のように見えた。
「朝、バスでおばさんがくれたの」白川華怜は顔を上げ、彼の目を見つめ、ほんの一瞬笑って、そして真剣な表情で言った。「お疲れ様でした、木村先生」
彼女は周りの人をいつも、この世を通り過ぎる観客のように見ていた。
笑顔を見せても、それは気まぐれで目には届かなかった。
浮き草のように、少し気を抜けば風に飛ばされてしまいそうだった。
しかし今は純粋な笑顔だった。彼女は少し顔を上げ、黒い杏眼に街灯の細かな光が映り、のんびりとした様子で、人の心を打たずにはいられなかった。
木村浩は彼女が鞄を持って振り返り、適当に手を振って路地に入っていくのを見つめた。
手のひらのフルーツキャンディーを握りしめた。
車に戻ると、何かを思い出したように携帯を取り出してメッセージを送った——
【研究室がついに潰れるの?】
某院士は夢から覚めたように——【何?】
木村浩は冷笑した。江渡大学予備キャンプの枠がたった一つしかないなんて、潰れるのと何が違うというのか。
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八組の担任は一晩中眠れず、江渡大学の本を一冊読み終えた。
そして全ページを写真に撮った。
田中駆は朝、職員室に課題を提出しに行った時、彼の机の上に置かれていた本を見て、突然足を止めた。
本の文字ははっきりと見えた——
『江渡大学物理学』
コンテストに参加したことのある優等生のほとんどがこの本のことを知っていた。江渡大学物理学科の名誉ある院士たちが編纂した本で、非常に価値の高いものだった。
国内の主要な研究室の実験データも含まれていた。
海外の人々の手に渡るのを防ぐため、この本は江渡大学内部でのみ流通していた。
管理は厳重だった。
中村家が雇った高橋博士も江渡大学の出身だが、この高橋博士は非常に高慢で、会うことさえ難しく、毎日問題の解答を送ってくるだけだった。
一言も余計なことは言わなかった。