渡辺文寺を驚かせたのは。
車のナンバーが江渡のものだった。
二人の前にしっかりと停車し、助手席の窓が下がった。
渡辺文寺はようやく運転席に座っている人物をはっきりと見ることができた。相手はBluetoothイヤホンを着けており、さっきまで誰かと話していたようだった。黒いシャツの袖を軽く捲り上げ、長い指先をハンドルに添え、わずかに横を向いて渡辺文寺を一瞥した。
骨の髄まで染み付いた高慢さがあった。
一目見ただけで、その冷たさに身が凍る思いだった。
「さようなら」白川華怜は車のドアを開け、渡辺文寺に軽く頷いた。その態度は冷たくもなく親しくもなく、絶妙な距離感を保っていた。
渡辺文寺が我に返った時には、窓は上がり、青い車は遠ざかっていた。
「文寺」門の中から安藤蘭は渡辺文寺がぼんやりと門の前に立っているのを見て、思わず声をかけた。「まだ外に立ってるの?」
「あ」渡辺文寺は我に返り、心の中の疑問を隠して「なんでもない」
家の中に向かいながら、車が去った方向を振り返って見た。
どうしても、さっきの人物をどこかで見たことがあるような気がした。
車の中。
白川華怜はいつものように英語の教材を取り出し、英語のリスニングを始めた。
「さっきの奴が」運転席から、木村浩の何気ない声が聞こえてきた。「物理が得意だっていう奴か?」
「物理が得意」という言葉を特に強調して。
「彼は渡辺文寺って言って、江渡大学の人よ」白川華怜は木村浩を見上げた。
木村浩:「ふん、聞いたことないな」
白川華怜はむしろ意外そうだった。「渡辺家の人によると、すごく優秀だそうよ」
木村浩は一瞬彼女を見た。「そうだって?」
「他にも色々聞いたの?」彼は礼儀正しく尋ねた。
この話題はもう続けられないと判断し、白川華怜は特訓キャンプの話に切り替えた。
白川華怜は渡辺泉と安藤蘭の結婚式にはあまり期待していなかったが、安藤宗次と安藤秀秋、水島亜美たちが江渡に行くことが少し心配だった。
「1月19日?」木村浩は日程を聞いて、何か思い出したような様子で白川華怜を見た。「その時期は年末に近いから、特訓キャンプは休みだけど、江渡に行くの?」
「たぶん」白川華怜は椅子に寄りかかりながら、英語のリスニングを止めた。「外祖父たちが行くから」
「そうか」
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北区。
松木家。