雪村真白は後ろからお酒を一本取り出し、白川華怜に丁重に言った。「なな先生が私を江渡のバーでカクテルを学ばせてくれました」
バーは江渡に支店があった。
白川華怜は雪村真白がレモンでグラスの縁を拭き、空中で流れるように回すのを見ていた。バーの照明が雪村真白の魅惑的な顔を照らし、その動きは優雅で滑らかだった。
こうして作ったカクテルは美味しくなるのだろうか?
彼女は雪村真白が作ったカクテルを手に取った。
とても軽い味わいで、今まで飲んできたお酒とは全く違っていた。
隣で、男性バーテンダーは自分が作ったカクテルを伊藤満に渡しながら、かなり不満そうに言った。「伊藤坊ちゃま、なぜ白川さんは雪村真白の作ったカクテルしか飲まないんですか?私の作ったものは美味しくないんでしょうか?」
伊藤満は雪村真白を見て、それから白川華怜を見た。「いや、おそらくお前の作ったものは見た目が良くないんだろう」
「……」
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木曜日。
渡辺颯は白川華怜を清水通りまで車で送った。
ほとんどの場合、渡辺颯はすでに明石真治に代わって白川華怜の運転手となっていた。
「今週の土曜日に黒水通りの格闘技の試合を見に行くんだ」渡辺颯は車を路地に停め、後部座席の白川華怜を見た。「華怜ちゃん、行かない?めったにない機会だよ。チャールズに頼んでやっと手に入れたチケットなんだ」
助手席で、SNSを見ていた松本章文が顔を上げ、躊躇いながら言った。「そんな血なまぐさいの、やめておいた方がいいんじゃない?」
あそこは色々と物騒だし。
渡辺颯は気づいて、バックミラー越しに大人しく本を読んでいる白川華怜を見た。「そうだね、華怜ちゃんは勉強に専念した方がいいよ」
白川華怜は物憂げに「うん」と返事をした。
車内では白鳥春姫の3曲がループ再生されていた。松本章文がBluetoothで接続したものだ。渡辺颯は車を発進させながら、「お前、そんなに白鳥春姫が好きなの?」と聞いた。
松本章文はLINEに戻り、柳井佳穂とメッセージを交わしていた。
松本章文:【まさか先生も参加するなんて】
柳井佳穂:【実力があるからね。先生に編曲を頼める人は少ないよ。作曲者は誰なんだろう】
「お前にはわからないよ」松本章文はスマホを握りしめながら言った。「編曲者が誰か知ったら、びっくりするぞ」