仁藤心春は驚いて、手に持っていたペットボトルのキャップを落としてしまった。
キャップは転がり、ベージュ色の革靴の前で止まった。
細い白い手がキャップを拾い、仁藤心春に差し出した。
「あなたが仁藤心春さんですよね!」相手が言った。
心春は目の前の見知らぬ女性を見つめた。相手はとても美しく、艶やかで自信に満ち、どこか慵懶な雰囲気を漂わせていた。シャネルの新作限定コレクションを身につけており、以前雑誌で見たことがあった。
塩浜市全体でも、数着しかないはずだった。
目の前のこの女性とは面識がないはずだが、なぜか見覚えのある気がした。
「あなたは?」心春は相手から受け取ったキャップを手に、疑問を投げかけた。
「私は温井澄蓮です。温井卿介のいとこです」相手は自己紹介した。
心春の表情が微かに変化し、ようやく思い出した。確かに秋山瑛真と一緒に出席した宴会で温井澄蓮を見かけたことがあった。その時、彼女は温井家の長男と一緒に入場していた。
しかし、温井澄蓮が突然目の前に現れたのは、本当に偶然なのだろうか?
温井澄蓮は心春の手元の薬瓶をちらりと見て、「お薬を飲んでいるの?具合が悪いの?」と尋ねた。
心春は少し居心地悪そうに薬をバッグの中にしまい、「温井さん、何かご用でしょうか?」と聞いた。
「別に、たまたまあなたを見かけたので、挨拶しに来ただけよ」温井澄蓮は笑いながら答えた。
言葉だけを聞けば、まるで昔からの知り合いのようだった。
心春は唇を噛んだ。温井澄蓮とは面識がないはずなのに、彼女の名前を正確に言い当て、さらに見かけただけで彼女だと分かったということは……
心春の疑問を察したかのように、温井澄蓮は言った。「あなたに興味があったの。だって、公衆の面前で私の兄の顔に触れて、無事に済んだ初めての人だもの」
他の人なら、おそらく手を切り落とされていたでしょうね!
残念ながらその日私はその場にいなかったわ。あの場面を見てみたかったわ。
心春は思わず苦笑した。この温井三お嬢様の目には、あの日の出来事が無事に済んだように映っているのだろうか?
「そのことがあって、特にあなたのことを調べてみたの。あなたと私の兄は、どういう関係なの?」彼女は好奇心に満ちた様子で尋ねた。
「私と彼の間には、もう何の関係もありません」心春は淡々と答えた。