第125章 彼は決して善人ではなかった

温井家の長男は幼い頃に誘拐されたことがあり、これは塩浜市で一時期大きな話題となったニュースだった。

誘拐犯は十億ドルを要求したが、温井家はすぐには金を払わず、ずっと引き延ばしていた。温井朝岚は一ヶ月もの間誘拐されていた。一ヶ月後、温井朝岚は救出されたが、誘拐犯たちは全員謎の勢力によって射殺されていた。

警察が現場に到着した時には、左足に重傷を負った温井朝岚と、床に散らばった誘拐犯の死体だけがあった。

噂によると、誘拐犯の死は温井家が海外の特殊部隊を雇って実行したものだという。

真相は誰にもわからないが、それ以来、誘拐犯が温井家の人々を狙うことはなくなった。

結局のところ、温井家がこの誘拐事件で示した態度は、温井家の人々が誘拐犯に簡単には屈しないということを、すべての人に知らしめたのだ。

金が欲しいなら、命を賭ける覚悟をしろ!

山本綾音は当時このニュースを見た時、温井おじいさまの冷酷さに感心した!

このような態度が、他人が温井家の人々を狙うことを防いだのだ。

しかし今、温井朝岚の足が不自由なことを思うと、山本綾音の心には苦い思いが込み上げてきた。もし当時温井家が十億ドルの身代金を払っていれば、温井朝岚の足は不自由にならずに済んだのではないか?

「あの時...誘拐された時、辛い思いをしたでしょう?」彼女は呟くように尋ねた。

彼は淡々と微笑んで、「もう過去のことさ!」と言った。

山本綾音は唇を噛んだ。あんな傷を負ったのに、どうして過去のことだと言えるのだろう!

あの時彼はまだ子供だった。突然そんな大変な目に遭って、誘拐犯たちは金を手に入れられなかったのだから、彼を優しく扱うはずがない。きっと多くの拷問を受けたに違いない!

そう考えると、山本綾音は心臓が締め付けられるような痛みを感じ、鼻がつんとして、目も熱くなってきた。何かが溢れ出しそうだった。

「あの...豆乳、豆乳も買ってきたの。飲んで!」彼女は顔を伏せ、朝パンと一緒に買った豆乳を彼に渡した。それは自分の潤んだ目を隠すためでもあった!

温井朝岚は豆乳を受け取り、まだ顔を伏せている山本綾音を見つめた。「悲しまないで。本当に僕にとってはもう過去のことだよ。それに、あの誘拐犯たちはもう死んでしまったしね。」