山本綾音は唇を噛んで、あの時彼が温井朝岚だと知らなかった。
今考えると、たとえ彼女が彼を置いて逃げなくても、彼には逃げ出す方法があったはずだ。
実際、彼は彼女の助けなど必要なかったのだ!
「あの...もう何年も前のことですから、もういいんじゃないでしょうか」山本綾音は乾いた笑いを浮かべて言った。
「つまり、今は僕に興味がないということ?」彼の黒い瞳は霧がかかったように見え、長い睫毛が微かに震えながら、じっと彼女を見つめていた。
彼女の脳裏に「憐れみを誘う」という言葉が突然浮かんだ。
「あの時、君は僕の写真を撮りたがっていたよね?僕が君のインスピレーションのミューズだとか言って。今はどう?僕がもう魅力的じゃないから、撮りたくないの?」彼は低い声で言った。
彼女の顔が一気に真っ赤になった!
やはり若かった頃は、何でも言えたものだ!
「そんなことありません...私は...ただ...」
「じゃあ、写真を一組撮ってくれないか。君の言う通りにするよ、どう撮るかは君に任せる」彼は言った。
この言葉は、彼女にとって巨大な誘惑だった!
自分の気に入った撮影対象が、自由に撮らせてくれるなんて...つまり、撮影の段取りを任せてくれるなんて、これ以上心躍ることがあるだろうか!
でも...本当に彼の写真を撮ることになれば、彼らの関係や繋がりは、また暫く続くことになるだろう。
そして、本当に自分が彼に心を動かされないと保証できるだろうか?
かつて、彼女は彼に心を奪われたことがある。ただ、その想いは、ある種の覚醒と時間の経過によって、徐々に薄れ、心の奥底に埋もれていった。
でも、もし今...?
自信がない!
温井朝岚は山本綾音の躊躇を見て、口を開いた。「命の恩を返すということで。約束したことを果たせなかったら、僕にとっては未完の事として残るからね」
山本綾音はそれを聞いて、深く息を吸い込んだ。「わかりました。じゃあ準備しておきますので、時間が空いた時に一日取って、写真を撮りましょう」
写真を撮り終えたら、彼らの関係も、本当に終わりを迎えるのだろう!
この瞬間、山本綾音は心の中でそう思った。
「うん」温井朝岚は優しく微笑んだ。
山本綾音の心臓が再び大きく跳ね、彼の微笑みに溺れそうになった!