山本綾音は一瞬呆然としていた。一瞬、自分の錯覚かと思ったほどだった。
自分の頬をつねって痛みを感じても、目の前の人はまだそこにいた。彼が本当に自分のマンションの階段の入り口に立っていることを実感した。
でも問題は……彼が朝早くからここに何をしに来たのか?彼女に会いに?
「綾音……」温井朝岚が前に進み出た。
山本綾音は何かを思い出したかのように、温井朝岚が言い終わる前に彼の手を掴んで、左右を見回してから、団地の人目につかない場所へと連れて行った。
「何しに来たの?」やっと手を離して、彼に尋ねた。
「近所の人や両親に見られるのが怖いの?」彼は答える代わりに逆に質問した。
山本綾音は軽く唇を噛んで、黙ったまま、それを認めるかのようだった。
「私と一緒にいるのが恥ずかしいの?」彼は苦々しく言った。