山本綾音は温井朝岚に会っていない日が二週間も経っていた。
彼女の心は少し安堵したものの、どこか寂しさも感じていた。
温井朝岚は本当に彼女の言う通りに、もう彼女を邪魔しなくなった。でも...胸の中に、何か空っぽになったような感覚があった。
一体何を考えているんだろう、全て望み通りになったはずなのに。だから、もう温井朝岚のことは考えないで!
山本綾音は心の中でそう自分に言い聞かせながら、オフィスを出て、伊藤珠希に声をかけた。「珠希、先週の撮影写真の修正は終わった?」
「え?!」伊藤珠希は急に我に返った。「綾音お姉さん、今何て言いました?」
山本綾音はため息をついた。最近、珠希はよく上の空になっていて、仕事の効率も前より落ちているようだった。
そこで、先ほどの質問をもう一度繰り返した。
伊藤珠希は慌てて答えた。「まだ修正中です。二日後には全部終わります。」
「そう、じゃあ二日後にクライアントに確認してもらいましょう。」山本綾音は言った。作業スケジュールでは昨日には終わっているはずだったが、珠希とはいつも仲が良く、スタジオで何年も働いているので、山本綾音は特に何も言わず、次回はもう少し早めにと注意するだけにした。
山本綾音が明日の撮影用の機材を整理しようとしたとき、伊藤珠希が突然尋ねた。「綾音お姉さん、温井さんとはどうやって知り合ったんですか?どうして彼があなたにポートレート撮影を依頼したんですか?」
山本綾音は伊藤珠希の方を向いて、「それは私の個人的な事よ。」つまり、話したくないということだ。
「ちょっと話してよ、私、こんな金持ちに会ったことないんです。あの人たちって、すごく神秘的な感じがして。綾音お姉さんがいなかったら、温井さんに会える機会なんてなかったのに!」伊藤珠希の目には好奇心と、かすかな野心が光っていた。
山本綾音は撮影が得意で、撮影時の人の目の表情はとても重要なため、自然と人の目に隠された本当の感情を読み取るのが上手かった。
伊藤珠希のような目の表情は、実は山本綾音が芸能人を撮影する時にも見たことがあった。
特に芸能界に入ったばかりの人たちの目には、未知なるものへの好奇心と、一夜にして有名になりたいという野心が見えていた。
しかし今、伊藤珠希の好奇心と野心は、温井朝岚に向けられていた。