週末、仁藤心春は匂い袋を木村教授に返しに行くことになっていた。前もって木村教授に電話をかけ、住所も聞いていた。
ただ、彼女が出かけようとした時、温井卿介も一緒に行きたいと言い出した。
「あなたも行くの?」心春は驚いた。
「どうせ家にいても特にすることないし、お姉さんと一緒に行こうと思って」温井卿介は言った。
心春は相手をじっと見つめ、どうせ木村教授のところでは匂い袋を渡すだけだと思い、承諾した。
車で木村教授の住まいに着くと、古い団地だったが、環境は悪くなかった。
住所通りに二人が木村教授の家の前に来ると、心春はインターホンを押したが、誰も出てこなかった。
心春は不思議に思い、木村教授の携帯に電話をかけた。すぐに木村教授の声が聞こえてきた。「あ...心春さんですか」
「木村先生、今お宅の前にいるんですが、インターホンを押しても誰も出てこないんです」彼女は言った。「前にお話ししたように、この前落とされた匂い袋をお返しに来たんですが」
「ああ、私ったら、すっかり...忘れていました」木村教授は息を切らしながら言った。「今こちらで急用があって...匂い袋はドアノブにかけておいてくれませんか。申し訳ありませんが、お迎えできません」
その時、電話の向こうで誰かが叫ぶ声が聞こえた。「子供はまだ見つかりませんか?後ろの開発工事をしているところに行ってないでしょうか?」
「でも工事現場は勝手に入れてくれないでしょう。少なくとも警察に通報しないと中に入れないはずです」
「警察を待って、それから交渉するなんて、時間がかかりすぎます。もし子供が中に入っていて、万が一のことがあったら手遅れになってしまいます!」
木村教授は心春に向かって言った。「心春さん、用事があるので、切らせていただきます」
「待ってください!」心春は慌てて叫んだ。「お子さんが行方不明になったんですか?」
「うちの子供なんです。おばあちゃんが子供を連れて下に遊びに行って、誰かと話をしている間に目を離したすきに、子供の姿が見えなくなってしまって。今、マンションの管理人さんたちが一緒に探してくれているところです」木村教授は言うと、急いで電話を切った。
心春は通話を終え、隣にいる温井卿介の方を向いた。「卿介、木村教授のお子さんが行方不明になったの。私、木村教授を手伝って探したいの!」