仁藤心春は隣の個室を見つめながら、心の中の不安が徐々に募っていった。
温井おじいさまが何をしようとしているのかはわからなかったが、その目的は彼女を卿介から引き離すことだということは理解していた。
まるで、この一歩を踏み出して個室に入ってしまえば、多くのことが変わってしまうかのようだった。
「あなたの友達が誘拐された真相を知りたくないのかね?」と温井おじいさまが突然言った。
「何とおっしゃったんですか?」仁藤心春は驚いて老人の方を振り向いた。
温井おじいさまは目を閉じたまま養生しており、答える気配は全くなかった。
そのとき、ボディーガードの携帯が鳴った。
ボディーガードは少し通話した後、「おじいさま、次男様が病院の下に到着しました」と告げた。
「よろしい」温井おじいさまは目を開け、横目で仁藤心春を見た。「真相を知りたいかどうかは、お前が決めることだ」
仁藤心春は唇を強く噛んだ後、個室に足を踏み入れた。
個室のドアが閉まると、まるで二つの世界に隔てられたかのようだった。
真相...真相とは一体何なのだろう?もしかして綾音の誘拐は、卿介と関係があるのだろうか?
そんな可能性を考えただけで、仁藤心春の体は突然震えた。そんなはずはない!卿介はずっと綾音の行方を探すのを手伝ってくれていた。それに卿介は、綾音が彼女にとってどれほど大切な存在か知っているはず。絶対に...
「まさか、おじいさまが皆を騙して、本当に意識不明のふりをしていたとは思いもよりませんでした」温井卿介の声が個室のドア越しに突然聞こえてきた。
仁藤心春はびくりとした。卿介が来た!
温井おじいさまは最も気に入っている孫を見つめた。この孫は最も自分に似ているが、感情面では一人の人物に対して深く執着しすぎている。これは決して良いことではない。
誰かを深く想いすぎれば、それは弱みとなる。
そして今、彼は孫のためにその弱みを取り除こうとしているのだ。
「皆を騙さなければ、こんな面白い展開は見られなかっただろう」温井おじいさまは目の前の人物を満足げに見つめた。「お前はよくやった。手腕も策略も持ち合わせている。今や、お前の伯父の一家は、お前によって翻弄され、伯父夫婦はお前に弱みを握られている。将来お前が温井家を継いだとき、彼らは何も言えないだろうな」