山本綾音は驚いて立ち止まった。先ほど彼女とぶつかったウェイターが、誰かに平手打ちを食らわされていた。
その平手打ちは強烈で、ウェイターは地面に倒れ込んでしまった。
殴ったのは、高価な服を着た、お金持ちの坊ちゃんらしき人物だった!
「まったく縁起でもない。この服がいくらするか分かってるのか?!お前の命を取ったところで弁償できないんだぞ!」相手は怒り心頭で、足を上げてウェイターを蹴りつけた。
ウェイターは痛みで苦しんでいたが、声を上げることもできず、ただひたすら謝り続けた。「工藤様、申し訳ございません、申し訳ございません……」
しかし工藤鋭介はまったく聞く耳を持たず、ウェイターを蹴り続けた。
山本綾音はこれ以上見ていられなかった。結局、この事態は彼女にも責任があったのだから。「もう謝ってるじゃないですか、そこまでする必要ないでしょう!」
「はっ、お前なんかに口を挟む資格があるのか?」工藤鋭介は言いながら、近くにあったワイングラスを手に取り、山本綾音の頭上から一気に注ぎかけた。
瞬時に、山本綾音は頭からワインを浴びせられ、耳元で相手の軽蔑的な声が響いた。「分不相応な正義感は持たないことだな。」
この騒動は、すでに多くの人々の注目を集めていた。近くで見合い中の温井朝岚と工藤蔓子も含めて。
工藤蔓子はこの光景を目にして驚いた。まさか弟もここにいるとは思わなかった。
おそらく弟は彼女の見合いを知って、様子を見に来たのだろう。
しかし、このような騒ぎを起こすとは面目丸つぶれだ。工藤蔓子は弟が誰と揉めているかなど気にしていなかった。どうせ取るに足らない人間だろう。ただ、温井朝岚にこんな場面を見られるのは良くない。
工藤蔓子が立ち上がって工藤鋭介のところへ行き、止めようとした時。
その瞬間、工藤鋭介が手を振り上げ、その大きな手が山本綾音の顔に向かって振り下ろされようとしていた。
山本綾音は避けようとしたが、いつの間にか工藤鋭介の仲間が両脇から彼女の腕を掴んでおり、逃げ場を失っていた。
平手打ちが顔に当たりそうになった瞬間、山本綾音は思わず目を閉じた。
「鋭介、正気?!」澄んだ声が突然響き渡った。
山本綾音は驚いて目を開けると、温井澄蓮が駆け寄って、工藤鋭介の振り下ろそうとしていた手を掴んでいた。