仁藤心春は全く予想していなかった。秋山瑛真を見つけた時、彼が温井卿介と激しく殴り合っていたなんて!
個室で秋山瑛真をしばらく待っていたが、彼が戻って来なかったので、仁藤心春は部屋を出て探しに行くことにした。
数歩も歩かないうちに、ホテルのスタッフがトイレの方向へ慌てて走っていくのが見え、彼らの会話が聞こえてきた——
「まずい、あの二人が喧嘩を始めたけど、どうやって止めればいいんだ!」
「さあね、あの二人とも只者じゃないって聞いたよ。喧嘩したいなら誰も止められないだろう!今日店を壊されても、店主は何も言えないだろうな」
「二人とも塩浜市から来たって聞いたけど、何か個人的な恨みでもあるのかな…」
「そういう大物の事は、あまり詮索しない方がいいよ」
仁藤心春は驚いた。塩浜市から来た?
もしかして、スタッフが言っていたのは瑛真と温井卿介のことなのか?
そう思うと、心春は急いでスタッフの後を追い、一緒にトイレの入り口まで走った。
しかし、目の前の光景を見た時、思わず息を飲んだ。
以前にも二人が殴り合いをしたことはあったが、まさか再びこんな場面を見ることになるとは思わなかった。
しかも、二人とも高い地位にいる身でありながら、今は完全に力と力がぶつかり合う激しい喧嘩を繰り広げていた。派手な技など一切なく、ただ体を寄せ合って激しく殴り合うだけだった。
そのとき、また一団の人々が慌てて駆けつけてきた。温井卿介と一緒に来ていた人たちだった。
彼らはみな身分の高そうな人々だったが、この状況を目の当たりにして、皆が途方に暮れた様子だった。
「どうすればいいんだ!」
「温井さんが秋山様と喧嘩を始めるなんて…誰か止めに行かないと!」
しかし、この状況で誰が止めに入る勇気があるだろうか。
突然、誰かが仁藤心春に気付き、彼女が秋山瑛真と一緒にいた女性だと認識した!
「お嬢さん、あなたは秋山様のお知り合いですよね。二人を止めていただけませんか…」その人が言い終わる前に、心春は既に飛び出していた。喧嘩をしている二人の間に割って入ったのだ。
厳密に言えば、秋山瑛真を守ろうとしているように見えた。温井卿介の拳が秋山瑛真に向かって飛んできた時、心春は自分の体を盾にして瑛真を守ろうとしたのだ!
この女性は大変なことになる!