温井卿介!
彼がなんとここにいるなんて!
温井卿介は彼女の足音を聞いたようで、彼女の方向に振り向いた。
二人の視線が、空中で交差した。
仁藤心春は少し躊躇したが、結局足を進めて、温井文風の墓石へと向かった。
結局、これが最後の訪問になるかもしれないのだから。
もうすぐ、彼女の体調は悪化するだろう。そうなれば、歩くことすらできるかどうかわからない。
墓石の前に着くと、仁藤心春は手に提げていたかごを下ろし、その中から花屋で買ってきた花束を取り出して、墓前に置いた。
「なぜここに来たんだ?」温井卿介の声が、突然響いた。
「ただ急に温井おじさんにお参りしたくなっただけです。お参りが済んだら、すぐに帰ります。あなたの邪魔はしませんから」と仁藤心春は言った。
「お前がここにいること自体が邪魔なんだ」温井卿介は冷たく言った。
仁藤心春は目を伏せ、「では数分だけ邪魔させてください。数分後には、もう二度とあなたの邪魔はしません」
「どうして信じられると思う?」温井卿介の声はさらに冷たくなった。
ここ数日、仁藤心春のことが頭から離れなかった。夜更けになると、彼女と秋山瑛真が抱き合う光景が脳裏に浮かび、そして彼らがホテルの部屋で何をしたのか考えてしまう。
彼女は以前自分にそうしたように、秋山瑛真の下で横たわり、あの魅惑的で抗いがたい表情を見せているのだろうか?
どんな喘ぎ声を上げるのだろう?秋山瑛真とどのようにキスを交わすのだろう?そして秋山瑛真は彼女の白く柔らかな肌にどんな痕を残すのだろう!
そう考えるだけで、窒息しそうな感覚に襲われる。まるで何かが体の中を食い荒らしているかのように、耐えがたい苦しみを感じる。
彼女を他人として扱うと決意したはずなのに、なぜまだ彼女に影響されているのだろう?
まるで彼女は簡単に彼の感情を操ることができるのに、彼は彼女に少しの影響も与えることができないかのようだ。
さらには彼と別れた後、彼女の傍らの空いた場所は、すぐに別の人によって埋められてしまった。
仁藤心春は顔を上げ、目の前の端正な顔立ちをじっと見つめた。
この顔は、相変わらず人の心を惹きつける。完璧な芸術品のように。これまで二度の別れを経験し、そのたびに苦しかった。しかし今、彼に会っても、その苦しみは徐々に薄れていくようだった。