「何ですって?」仁藤心春は驚いて、「山田流真、あなた悠仁を誘拐したの?!」
「お前のせいで全てを失ったから、こんな道を選ぶしかなかったんだ。仁藤心春、これは全部お前が引き起こしたことだ!」山田流真は憎々しげに言った。
仁藤心春は反論しなかった。今の彼女にできることは、山田流真を刺激しないようにすることだけだった。過激な行動を取られないように。「でも1億、それも米ドルよ。そんな大金を、秋山瑛真でさえ一週間で用意するのは無理よ」
「だったら温井卿介に頼めばいいじゃないか。温井家の寶石の劍で代用してもいい。そうすれば、あと100万米ドルの現金だけ用意すればいい」
仁藤心春は一瞬固まった。寶石の劍……それは温井家に代々伝わる貴重な宝物で、その短剣に埋め込まれた貴重な宝石で有名だった。確かにその価値はそれくらいはある。
もし万が一のことがあっても、剣から宝石を外して売れば、すぐに現金化できる。
1億米ドルを口座に振り込むのと比べれば、送金過程での様々なリスクを考えると、明らかにこのような小さくても高価な物の方が、逃亡に有利だった!
「私と温井卿介はもう別れたわ。たとえ私が彼の目の前で死んでも、振り向きもしないでしょう。まして温井家の寶石の劍を求めるなんて、絶対に無理よ」仁藤心春は言った。
「だから頼むんだよ。昔の情を思い出してくれるかもしれない。それとも秋山瑛真に条件交渉させるか?瑛真はお前のことを大切に思ってるんだろう。きっと温井卿介と寶石の劍を交換できるだけの誠意を示せるはずだ!」山田流真は荒々しく言った。「よく聞けよ。一週間だけ待つ。一週間後に寶石の劍と100万米ドルを用意できなければ、田中悠仁の命はない。お前も生きては帰れない!警察に通報しようなんて考えるな。俺が終わる前に、田中悠仁も道連れにしてやる!」
そう言うと、山田流真は電話を切った。仁藤心春は携帯電話を強く握りしめ、心が底なしの穴に落ちていくような感覚に襲われた。
これが天が彼女に与えた運命なのだろうか。最悪の状況はこれくらいだと思った時、運命は更に酷い状況を突きつけてくる。まるで彼女の純真さを嘲笑うかのように。
温井卿介との墓地での一件が最後の対面になるはずだった。でも今…運命は彼女にこんな大きな冗談を仕掛けてきた。
温井家の寶石の劍、どう考えても手に入れることは不可能だった。