「温井卿介の言ってることは本当なの?」しばらくして、山本綾音はようやく自分の声を取り戻したかのように尋ねた。
「本当よ」仁藤心春は答えた。
「でも、もしそうだとしたら、秋山さんは……」
山本綾音の言葉は途中で仁藤心春に遮られた。「綾音、私はもう決めたの。二、三日後には以前のアパートに戻るわ。それに卿介も約束してくれたの。私の自由を制限しないって」
彼女は「制限付きの自由」という部分を少し隠した。親友には知られたくなかった。温井卿介との約束を受け入れたとしても、彼は依然として彼女を信用せず、監視の目を光らせるということを。
山本綾音が息を詰まらせていると、仁藤心春は「座って」と言った。
そう言いながら、仁藤心春は親友を近くのソファーに座らせた。「今はこれでいいの。私は展志をちゃんと育てることができるし、塩浜市で幼稚園も探せる。もう幼稚園に通う年齢になってきたし。それに、あなたが前に温井朝岚さんと結婚したいって言ってたでしょう?これなら私もあなたの結婚式に参加できるわ……」
仁藤心春が細々と山本綾音に話しかけると、山本綾音の頭もようやく冷静さを取り戻してきた。
冷静になってみると、なぜ親友が温井卿介のような条件を受け入れたのか、なんとなく理解できた。
今や塩浜市で絶大な権力を持つ温井卿介に対して、断ったところで何ができるというのか。心春はおそらくこの別荘から一歩も出られなかっただろう。
そして今、心春には育てなければならない娘がいる。展志の安全のために、心春は承諾せざるを得なかったのだ。
ただ……秋山瑛真の姿を思い浮かべると、山本綾音は悲しみが込み上げてきた。
この期間、心春が少しずつ秋山瑛真を受け入れ始めているのを感じていた。もう少し時間があれば、きっと心春は秋山瑛真と一緒になれたはずだ。
でも今、温井卿介が横やりを入れてきた。心春と秋山瑛真の関係は、もう明らかに不可能になってしまった!
「本当にこの選択でいいの?」山本綾音は涙をこらえながら尋ねた。
仁藤心春は微笑んで答えた。「今の私にとっては、これが最善の選択なの」
山本綾音は言葉に詰まり、何も言えなくなった。今、困難な状況にある親友を助けることができない。その無力感に苛まれていた。
「ごめんね」彼女は苦々しく言った。