星澄は冬真が何を考えているのか分からなかった。
彼は結婚初日から離婚を望んでいたのに。
彼女は三年間必死に耐えてきたが、彼の心を温めることはできなかった。だから今、自分から離婚を切り出し、彼を自由にしてあげようとしている。
それなのに彼は一体、何をためらっているの?すぐに同意して、ずっと想い続けていた初恋の人と結婚すればいいのに。
冬真は、三年間連れ添ってきた自分の妻をじっと見つめた。
彼女は、ひと目で誰もを惹きつけるような派手さはない。けれど、その清楚で上品な顔立ちは、十分に人の目を引く美しさだった。
艶やかな黒髪を軽くまとめ、細い前髪が不規則に額に垂れている姿は、月のように清らかな雰囲気を一層引き立てていた。
そんな彼女は、自分と一緒になるために、手段を選ばなかった女だ。
その彼女が、今突然離婚を切り出してきたが、彼には信じられなかった。
この数年間、彼女も自分の側で苦労したことを思い、もう一度チャンスを与えることにした。「離婚って、本気なのか?」
「うん、本気よ」星澄は淡々と答えた。涼しげな声には少し掠れた感じがあった。
彼女は冬真を愛していた。今もまだ、愛している。
でも冬真は彼女を愛していない。三年前も、今も。
彼の叶わぬ初恋の人が戻ってきたのなら、彼を自由にしてあげよう。
それは自分自身の解放でもある。
たったひと言のその言葉が、冬真の怒りに火をつけた。
穏やかだったはずの瞳に、一瞬で激しい波が打ち寄せる。「夏目星澄、いい度胸だな。まさか本気で離婚なんて口にするとは……おまえ——」
その言葉の続きを遮ったのは、ポケットの中で突然鳴り響いたスマートフォンの着信音だった。
冬真は険しい表情のまま電話を取った。内容を聞くと、目に鋭い光が走った。「そんな些細なことも処理できないのか。何のためにお前たちを雇ってると思ってる?すぐ全幹部に連絡しろ。俺が戻ったらすぐに会議だ」
電話を切ると、振り返りもせずに家を出て行った。
星澄との離婚については、彼女が一時的な感情に流されているだけだと、冬真は思っていた。
しばらくすれば頭も冷えて、自分の非を認めてくるはず。そのときになったら、彼は寛大に許してやるつもりだった。
星澄は男の颯爽と去っていく背中を見つめ、深くため息をつくと、そっと呟いた。「霧島冬真、さようなら」
最後の別れの言葉だった。
星澄は未練なく部屋に戻り、荷物をまとめ始めた。
クローゼットの中には、数えきれないほどの高級ブランド品が並んでいた。
冬真は、彼女に対して金を惜しんだことは一度もない。毎年様々な贈り物をしてくれた。数百万円のブレスレットから数千万円のバッグまで、ありとあらゆるものがあった。
しかし、それらは彼女の好みではなかった。
なぜなら、それらは全て冬真が選んだものではなく、秘書に任せたものだったから。
真心はなく、ただ人を圧倒するような値段だけがあった。
おそらく冬真は彼女を虚栄心の強い女だと思い、数千万円のバッグやもっと高価なジュエリーで満足させられると考えていたのだろう。
しかし彼が想像もしなかったことは、これらの物質的なものは彼女が望んでいたものではなく、彼女が欲しかったのは彼女を愛する心だけだったということ。
だからこそ、ここにあるものは、彼女のものではない。彼女はそのどれにも、手を伸ばさなかった。
一時間もかからずに、全ての荷物をまとめ終えた。
タクシーを呼び、荷物はその車一台にすべて積み込める程度だった。
霧島家を離れて、彼女が戻れる場所は夏目家しかなかった。
荷物は多かったが、運転手は親切に玄関まで運んでくれた。
ドアを開けようとした時、中から話し声が聞こえてきた。
両親の夏目利道と岡田麗奈の声だった。
麗奈はテレビで仲睦まじい家族ドラマを眺めながら、ふと心配そうに口を開いた。「お父さん、冬真、本当に繁星を見捨てて離婚するんじゃないかしら?」
利道はタバコを深く吸い込み、目を光らせて言った。「昨日の冬真の態度見ただろ?どう見ても時間の問題だよ。あいつが男を繋ぎ止められないのが悪いんだ。子どもひとつできやしないで」
「考えてもみろよ。離婚したって子どもがいれば養育費ももらえるし、財産だって分けられる。何度も言ってやったのに、言うこと聞かねえんだ。まったく、あのバカ娘は!」
麗奈はその言葉にますます不安そうになった。「それなら星澄と冬真がまだ離婚してないうちに、できるだけ金を引き出さなきゃ。うちの息子の結婚資金と家、ちゃんと準備しないと。城南の新しい別荘、いいじゃない、あれで二億くらい?」
「それと、心が目をつけてるスポーツカー、あれも一億くらいって言ってたわよ。合わせて三億超えるけど、霧島家にとっちゃはした金でしょ?」
利道は頷きながら言った。「そうだな。離婚したらもう金なんか取れねえしな」
その会話を聞いていた星澄の胸には、言いようのない苦さが広がっていた。
彼らの目には、彼女はただのATMで、優しい言葉も、心配のひと言すらない。
笑顔を向けられるのは、金を差し出すときだけだった。
今、冬真と離婚しようとしている彼女に、彼らはきっともう家の中へすら入れようとしないだろう。
わざわざ恥をかく必要はない。
星澄は両親の電話番号をブロックリストに入れ、親友と共同購入したマンションへ向かった。
おそらく林田瑶子だけが彼女のことを心配してくれるだろう。