星澄は出発する前に、もう一度スマホを確認した。
冬真からはまだ何の連絡もなかった。
彼女は何か変だと感じた。
でも時間がなくて彼を探すことができず、会社での仕事が終わってからにするしかなかった。
YJエンタメの入り口に着いた。
星澄は少し緊張していた。毎年の契約更新の時以外は会社に来ることはなかったからだ。
音楽講師として指導に来たとはいえ、心の中では不安を感じていた。
正直なところ、彼女は少し人見知りするタイプで、大勢の人と関わるのがあまり得意ではない。
だからこそ、最初はネットの世界だけで歌っていたのだ。
夏目星澄は頭を振って、雑念を振り払った。
せっかく来たのだから、引き返すわけにはいかない。そうでなければ雅子さんを失望させてしまう。
雅子は星澄の姿を見るなり、思いきり抱きしめた。「よかった、星澄。あなたが手伝ってくれれば、あの子たちはきっと成功できるわ!」
「雅子さん、そんなに気を遣わないでください。当時雅子さんが助けてくれなかったら、私はこんなにすぐ裏方に転向できなかったと思います」
「実は私ずっと思っていたの。あなたはこんなに才能があるのに、作詞作曲家になるのはもったいないわ。チャンスさえあれば、やっぱりステージの前に立って、スポットライトを浴びるべきだと思う」
「雅子さんのお褒めの言葉ありがとうございます。でも、まずは子供たちのレッスンに行きましょう」
「はいはい、すぐに案内するわ。あの子たちが、かつてネット界の伝説だった『Star』が直接指導してくれるって知ったら、きっと興奮して眠れないんじゃない?」
星澄と雅子は楽しく話しながら音楽室へ向かった。
ドアを開けた瞬間、目に飛び込んできたのは赤、金、ピンク、青――色とりどりの髪の四人組。
これであと一人いたら、まるで戦隊ヒーローじゃん。
雅子はまったく驚く様子もなく、さっと四人に紹介を始めた。「こちらが夏目星澄先生です。これから一ヶ月、あなたたちのボーカル指導を担当してくれる先生だからちゃんと『夏目先生、よろしくお願いします』って挨拶して」
四人はお互いを見合わせ、音楽界にこんな人物がいたことを思い出せなかった。
しかし、会社の社長自ら連れてきた人なので、そう悪い人ではないはずだ。
そこで素直に星澄に挨拶をした。「夏目先生、よろしくお願いします」
星澄は軽く手を振り、微笑んで「よろしくお願いします」と返した。
続いて雅子は四人の少年を紹介した。「星澄、紹介するわ。田中嘉広、大谷峰翔、篠原東真、早川宙也よ」
星澄は静かにうなずき、四人の名前を心の中でそっと覚えた。
ちょうどその時、雅子のスマホが鳴り始めた。彼女は簡単にいくつか伝えると、そのまま足早にその場を後にした。
夏目も正式にレッスンを始めた。
四人の少年は星澄のことをよく知らず、どのくらいの実力なのかも分からなかったので、試してみようと思った。
赤い髪の大谷峰翔は頬杖をついたまま、星澄をじっと見つめた。「夏目先生、芦原さんが先生はすごく凄かったって言ってましたけど、どんなバズった曲とか歌ってたの?」
その目にあるわずかな挑発に気づきながらも、星澄は動じずに微笑んだ。「私がどんな歌を歌ってたかは大したことじゃない。大事なのは——あなたたちが、どれだけ歌えるかよ。じゃあ、あなたから始めてみましょうか」
大谷峰翔は口を尖らせたが、初日から先生の言うことを聞かないわけにもいかなかった。
そこで素直に歌い始めた。
続いて他の三人も一曲ずつ歌った。
一般人よりはかなり上手く、ただ呼吸や音程、発声にまだ改善の余地があった。訓練を重ねれば、必ず良くなるはずだ。
星澄は総評をまとめた後、それぞれに合わせた訓練を始めた。
四人の少年は自分たちの歌が上手いと思っていて、先生の指導は必要ないと感じていたが、デビューを果たすために会社の指示に従い、星澄のレッスンを受けることにした。
あっという間に一週間が過ぎた。
訓練の効果は上々で、四人の少年星澄を見る目つきにも次第に尊敬の念が宿るようになった。
日曜日、星澄は彼らに半日休みを与えた。
自分も久しぶりにマンションへ戻り、ゆっくりと休息を取った。
十分に休んでから、霧島冬真と一週間も連絡を取っていなかったことを思い出した。
もう先延ばしにはできない。
そこで再び彼に電話をかけた。
冬真は海外から帰国したばかりで疲れていたが、星澄からの電話を見て、数秒迷った後に出た。「何の用だ?」
星澄は男の声に疲れが滲んでいるのを即座に感じ取った。「あの...大丈夫?」
冬真は目を閉じ、眉間を押さえながら、習慣的に指示を出した。「海外出張から戻ったところだ。疲れている。お前、風呂の準備をして、食事も用意しておいて...」
星澄は少し驚いた。彼はまだ自分がもう家を出たことを知らないのだろうか?
彼女は唇をそっと引き結び、静かに答えた。「もう引っ越したの。だから、お風呂のお湯を張ってあげるのは無理。他の人に頼んで」
以前は喜んで冬真の世話をしていたけれど。
けれど今は、離婚するって決めた以上、彼の世話をする義務なんてもうない。
冬真の目が鋭く見開かれ、その瞳には抑えきれない怒気が滲んでいた。「夏目星澄、この駆け引きをいつまで続けるつもりだ?」
駆け引き?
星澄は思わず、呆れて笑いそうになった。ここまで態度に出してるのに、まだそんなこと言うなんて、本気でそう思ってるの?
「もしそこまで私を信じられないのなら、明日弁護士を連れて行きます。直接離婚協議の件について話し合いましょう」
冬真は鷹のように鋭い目を危険げに細めた。「いいだろう。明日午前九時だ。遅れるなよ」
離婚協議書を本当に持ってきた時、彼女がどう芝居を続けるのか、見物だ!