星澄は、また一度冬真に電話を切られた。
彼女は心が疲れ果てた。
なぜか結婚していた時よりも難しいような気がする。
星澄はイライラしてスマホを投げ捨てた。
しばらくして拾い上げた。弁護士を探さなければならないから。
この案件を潮見市で引き受けてくれる人がいるかどうか分からない。
ちょうどどうすればいいか分からずにいたところで、瑶子が帰ってきた。星澄がこんなに早く家にいるのを見て、少し驚いたようだった。「星澄、今日は帰るの早いじゃん。もうレッスン終わったの?」
「うん、半日だけ休みにしたの。私もちょっと休憩しててさ。そうだ、瑶子、いい離婚弁護士とか知らない?」
「離婚弁護士?ちょっと考えてみるけど...待って、なぜ突然弁護士を探すの?霧島冬真のあの野郎が離婚に同意しないの?」
「そういうわけじゃないの。明日、冬真と離婚協議書について話し合おうと思って。弁護士がいた方が都合がいいから」
瑶子は考え込むように言った。「うん、そうね。もし冬真が悪意を持って、離婚協議書で罠を仕掛けてきたらどうするの。ちょっと待って、今すぐ探してみるわ」
すぐに友達の中から適任者を見つけた。「神谷梅子先輩を覚えてる?隣の寮の人よ。今はベテランの弁護士になって、離婚事件を専門に扱ってるの」
神谷梅子は星澄より一学年上で、当時法学部の才女として知られていた。弁論大会では優勝経験もあり、その将来は極めて有望とされていた。
ただ残念なことに、卒業して一年で結婚し、地元で専業主婦になってしまった。
瑶子が言わなければ、神谷梅子が弁護士界に戻っていたことさえ知らなかった。
「いいわ、彼女のLINEを教えて。連絡を取ってみるわ」
「もちろん、もう送った。神谷先輩にも一言言っておいたから、何か知りたいことがあったら遠慮なく聞いてね」
星澄は梅子のLINEを追加し、相手はすぐに承認してくれた。
簡単な挨拶を交わした後、本題に入った。
梅子は星澄が離婚しようとしている相手が冬真だと聞いて、驚いて言った。「あなたが言っている霧島冬真って、私が知っているあの霧島冬真?」
星澄は淡々とした声で答えた。「もしあなたが言う霧島冬真が霧島グループの社長なら、その人です」
梅子はまだ信じられない様子で、「まさか、星澄、あなた彼と結婚していたの?私は全然噂も聞いていなかったわ」
星澄は過去のことについて詳しく説明したくなかった。「特別な事情があって、結婚式は挙げませんでした。親しい親戚や友人にしか知らせていなかったので、ご存じないのも無理はありません。ですが、知っている方が少ないのはある意味幸いです。離婚の際も、大きな影響は出ないと思います」
梅子は自分の言葉が不適切だったことに気づき、プロフェッショナルらしくない態度を反省して、気持ちを整理した。「ごめんなさい、星澄。ただ驚きすぎてしまって。でも本当に離婚したいのなら、私がお手伝いできます。何か要望があれば何でも言ってください」
星澄は簡潔に自分の意思を伝えた。「私と霧島冬真の間に子どもはいません。共有財産も必要としていません。家や車も彼名義のもので、私は一切求めておりません。とにかく、できるだけ早く離婚できれば、それで十分です」
話を聞いて、梅子は再び驚いた。彼女の知る限り、冬真の資産は単純な数字では計り知れないものだった。
彼の指の隙間からこぼれ落ちる程度でも、星澄が一生衣食に困らない額になるはずだ。
それなのに彼女は何も要求しない。
どうやら本当に霧島冬真という男性に対して心が冷めてしまったようだ。
「分かりました。あなたの意向は理解しました。すぐに離婚協議書の草案を作成してお見せしますので、問題なければ直接霧島社長と交渉に行きましょう」
「はい、お手数をおかけします、神谷先輩」
星澄は暗くなってきた窓の外を見つめ、少し物思いに耽った。これで冬真も、彼女が何か策を練っているとは疑わないだろう...
翌日。
霧島グループビルの前。
梅子は印刷した離婚協議書を持って星澄と待ち合わせた。
中に入る前に、梅子は再度星澄に離婚協議書の内容を確認した。「星澄、本当に何も要求しないの?」
霧島グループの株価は今日もまた上昇している。
今日というタイミングを逃せば、本当に何も手に入らなくなるかもしれない。
星澄と冬真が何故離婚することになったのかは分からないが、彼女が何も要求しないのは損すぎると感じた。
今の時代、ネットの情報拡散力は凄まじい。このタイミングで婚姻中のスキャンダルがひとつでも出れば、世論は一気に「被害者・星澄」を支持する流れになるだろう。
たとえ冬真の背後に優秀な弁護士団がいても、会社のブランドイメージと今後の経営を守るためには、どんな条件であれ、ある程度の譲歩は避けられない。
それが、いわゆる名家同士の離婚戦でよく使われる常套手段だ。
お互いに泥を投げ合い、誹謗中傷をぶつけ合い、最終的に先に折れたほうが、負けとなる。
星澄は梅子の考えを理解していた。彼女がこう言うのは自分のためを思ってのことだと分かっていた。
でも本当に何も必要ない。ただ、きちんと、きれいに終わらせたかっただけ。
そう思った瞬間、星澄はふっと自嘲気味に笑った。「……偽善ぶってるって思ってくれていいよ。本当に、私は何も欲しくないの」
梅子は小さくため息をついたが、それ以上は何も言わなかった。最終的には、やはり星澄の意思が一番大切なのだ。