霧島社長は離婚したとはいえ、以前より夏目星澄のことを気にかけているような態度を見せていた。
夏目星澄がそう言っても、大谷希真は少しも油断することはできなかった。
「夏目さん、確かカプチーノがお好きでしたよね。すぐにお持ちしますが」
夏目星澄はお腹の中に赤ちゃんがいることを思い出し、その好意を断った。「結構です。すぐに霧島社長とお話しして帰りますから」
大谷希真は丁寧にお辞儀をして、「分かりました。では失礼します。何かございましたらお申し付けください」
夏目星澄は無意識に自分のお腹に手を当て、心の中でつぶやいた。「ごめんねベビー、ママがあなたを望まないわけじゃないの。ただパパとママの関係があまりにも悪くて...もしこの後二人が喧嘩を始めても、聞こえないふりをしてね...」
彼女がうとうとし始めた頃、霧島冬真が戻ってきた。
彼は自分のオフィスに入るとボタンを外し、夏目星澄の向かいに座り、事務的な態度で「何の用だ」と言った。
夏目星澄は目を細め、わざとらしく聞き返してくる嫌な男だと思った。
「私たちの会社を買収するそうですね」
「ああ」
霧島冬真の態度は相変わらず冷淡だった。
「なぜですか?」
「お前に関係があるのか?」
「関係ないわけないでしょう。私は会社の一員です。買収するのはあなたの権利かもしれませんが、契約を解除するのは私の権利です」
霧島冬真は眉を少し上げた。「契約解除?」
夏目星澄も本当はそうしたくなかったが、霧島冬真にこれを握られたくなかった。
「契約解除は構わないが、十分な違約金を払えばな」霧島冬真も拒否はしなかった。
夏目星澄は拳を軽く握りしめた。「手持ちの現金が足りないので、借用書を書きます」
霧島冬真は冷笑した。「借用書?夏目星澄、お前は自分を買いかぶりすぎだ。違約金は一千万円だぞ。どうやって返すつもりだ?」
夏目星澄は悔しさで歯を噛んだ。
霧島冬真という悪徳資本家は、いつも金で人を押さえつける!
夏目星澄は前回借金を返済し終わった後、生活費しか残っていなかった。
一千万円もの違約金を返済する能力など全くない。
しかし返済できなければ、霧島冬真の下で五年間働かなければならない。
だから彼女は一時の痛みを選ぶことにした。
実は彼女が一番恐れているのは、霧島冬真が突然彼女の妊娠を知ることだった。