霧島冬真は小舟を素早く彼らのヨットの側まで漕いでいった。
階段を見つけると、手際よく上っていった。
彼の最初の目は夏目星澄を探していた。
船首では二人の誘拐犯がそれぞれ銃を持ち、夏目星澄と梁川千瑠の頭に突きつけていた。
その中の一人、声が少し年老いて聞こえる男が口を開いた。「霧島社長、私が求めた物は持ってきましたか?」
霧島冬真は背後からジュエリーの入った袋を取り出し、「お前の欲しい宝石は全てここにある。人質を解放しろ」
東也さんは大きく笑い、「霧島社長は本当に太っ腹だな。10億円の宝石を、目もくれずに持ってきた。ただし、どちらを解放して欲しいのかな」
そう言って、彼は夏目星澄と梁川千瑠の口のテープを剥がした。
梁川千瑠はすぐに泣き出した。「冬真さん、怖いわ。お願い、助けて。私、死にたくない」
夏目星澄は一言も発せず霧島冬真を見つめ、彼の決断を待っていた。
霧島冬真は冷たい声で言った。「二人とも解放するのはどうだ?」
「申し訳ありません、霧島社長。一人しか選べません。二人とも解放したら、私たち兄弟はここから生きて出られないでしょうから」
誘拐犯はバカじゃない。二人とも解放したら。
彼らは命を落とすかもしれない。
彼らの安全を保証するため、一人は人質として残さなければならない。
霧島冬真はそれを聞くと、躊躇なく指を夏目星澄に向けた。「よし、彼女を選ぶ」
夏目星澄の心に小さな感動が走った。
実は彼女も霧島冬真が自分を選ばないのではないかと恐れていた。
幸い、宙に浮いていた石が落ちた。
すると傍らの梁川千瑠が崩壊した。「だめ!星澄なんかダメ!冬真さん、お兄さんとの約束を忘れたの?私を一生守ると約束したじゃない」
「もし私に何かあったら、お兄さんは死んでも浮かばれないわ!」
「死んでも浮かばれない」という言葉が一気に霧島冬真の心の奥底に触れた。
梁川永成が彼を救うために息も絶え絶えだった姿を思い出した。
彼の臨終の言葉は妹の面倒を見てくれということだった。
霧島冬真は無意識に拳を握りしめた。「どうしても一人を残さなければならないなら、私を残せ。二人とも解放しろ」
しかし東也さんは得意げに言った。「それは君が決めることじゃない。君がこの女をそんなに大事にしているなら、彼女を残そうじゃないか」