第265章 子供を失った

夏目星澄は絶望のあまり泣いた。

しかし、自分の涙が海水と一体になっていることに気づいた。

おそらく数秒後には、完全に海底に沈むだろう。

実はこれでもいい。

結局、梁川千瑠の兄は霧島冬真の命の恩人だ。この事実は変えられない。

梁川千瑠もその切り札を使って、好き勝手に霧島冬真を彼女から奪っていける。

何度も何度も失望と苦しみを味わうくらいなら。

このまま全てを終わらせた方がいい。

唯一申し訳ないのはお腹の中のベビー。

まだ男の子か女の子かも分からない。

生まれる前から実の父親に見捨てられ、そして実の母親と共にこの冷たい海の中で死ぬことになるなんて……

霧島冬真は海に落ちた瞬間、真っ先に夏目星澄を助けようとした。

しかし海面には爆発後のヨットの残骸が散らばり、視界を遮っていた。

彼は必死に泳ぎ、あちこち探し回った。

そのとき、梁川千瑠がいつの間にか彼の側に漂い着き、必死に彼の腕を掴んで助けを求めた。「冬真さん、助けて、死にたくない、助けて!」

霧島冬真は彼女が浮き板を掴んでおり、生命の危険が全くないことを確認すると、一気に振り払った。「消えろ!」

しかし梁川千瑠は霧島冬真にしがみついたまま離さず、声を振り絞って叫んだ。「だめ、冬真さん、怖いの。昔、お兄さんがあなたの命を救ったでしょう。私を助けなきゃダメ!」

霧島冬真は彼女とこれ以上時間を無駄にしたくなかった。手刀で一撃を加え、気絶させると、予め海中に配置していた部下に引き渡した。

そう、霧島冬真は海辺での身代金の受け渡しを知った時点で、大谷希真に命じて海底に潜水させ、ヨットの近くまで泳がせ、救助の準備をさせていた。

しかし突然の火災と、それに続く爆発。

全ての計画が狂ってしまった。

「星澄、夏目星澄、どこだ!」霧島冬真は星澄の名を呼び続けたが、姿は見えなかった。

すぐに潜水を始めた。

自分の酸素が切れそうになっても、surface上がろうとはしなかった。

幸い大谷希真が酸素ボンベを背負って霧島冬真の元に来て、彼に一息つかせた。

突然、左手側に赤い紐が巻かれた黄色い三角形のものが霧島冬真の目の前を漂った。

彼はそれを掴み、夏目星澄に与えたお守りだと認識した。

夏目星澄の位置を特定できた。

命がけで泳いでいった。

そして夏目星澄の体を掴み、岸辺まで泳ぎ着いた。