夏目星澄は彼を怒ったように見て、「何のお礼よ。大したことしてないわ。そうそう、大谷さんが会社から急ぎの書類を持ってきたわ。見る?」と言った。
「ああ、持ってきてくれないか」
「うん、ちょっと待って。先にベッドを起こすわ」
夏目星澄は書類を霧島冬真に渡した。
霧島冬真は機嫌が良く、書類に目を通すのも早かった。1時間もかからずに全て処理を終え、大谷希真に取りに来るようメッセージを送った。
携帯を置いた時、夏目星澄がうとうとし始めていることに気付いた。
きっと自分の看病で、ゆっくり休めていないのだろう。
彼が起き上がって、彼女をベッドで寝かせようとした時。
夏目星澄は目を覚まし、霧島冬真が布団をめくって降りようとする様子を見て、慌てて止めた。「何をするの?言ってくれれば私がやるわ」
「大丈夫だ。お前が疲れているから、ベッドで休ませてやりたかっただけだ」
「いいの、私は平気よ。今はあなたの方が看病が必要なんだから」
「もうすぐ大谷が来る。彼に任せて、お前は帰って休め。特に今は妊娠中なんだ。絶対に無理はさせられない」
夏目星澄は帰る気配を見せず、しばらく霧島冬真の端正な顔を見つめていた。「それ以外に、私に言いたいことはない?」
霧島冬真は夏目星澄と長く付き合ってきて、彼女の言いたいことが分かっていた。
しかし、軽々しく口に出すのが怖かった。望む答えが返ってこないかもしれないから。
霧島冬真は少し躊躇した後、口を開いた。「ごめん」
夏目星澄は一瞬固まった。霧島冬真が最初に謝罪の言葉を口にするとは思ってもみなかった。
「どうして急に謝るの?」
霧島冬真は目を伏せ、少しかすれた声で言った。「実は、あの日お前が薬を盛られた時、もっと慎重に安全対策を取れば良かった。そうすれば、お前は妊娠を理由に私と一緒にいることを強いられずに済んだはずだ」
強いられて一緒にいる?
夏目星澄はそうは思っていなかった。霧島冬真と離婚してからは、自分の思うままに生きてきた。
霧島冬真も彼女の言うことを何でも聞き、嫌がることを強制することもなかった。
彼女も霧島冬真の真摯な改心の態度を実感していた。
それに、自分の命も顧みず彼女を守ってくれたのだ。もう許せないことなどなかった。