浅野武樹、私は白血病になった

桜井美月はすでに情報提供者から通報を受けていた。小山千恵子がスタジオに現れたと。

しかし、その後、情報提供者はそこに配置していた手下と連絡が取れなくなった。

派遣された記者は、入り口で気を失った小山千恵子を抱きかかえている浅野武樹の姿を写真に撮っていた。

桜井美月は歯ぎしりするほど憎らしく思ったが、心配でもあった。

武樹さんは小山千恵子を心底憎んでいるはずなのに。

なぜ彼女を助けに行ったの!

桜井美月は目を細め、携帯を取り出して浅野武樹に電話をかけた。

絶対にあの小山千恵子という女狐に負けるわけにはいかない!

浅野武樹は軽い擦り傷の手当てを終えたところで、電話に出た。

「もしもし?美月か。どうした?」

桜井美月は鼻をすすり、涙声を装って可哀想そうに言い出した。

「武樹さん、千恵子さんが危険な目に遭うかもしれない。すべて私のせいだ!」

浅野武樹は表情を引き締めた。

この件が桜井美月と何の関係がある?

浅野武樹は暗い眼差しで、さりげなく探りを入れた。

「どういうこと?落ち着いて話してごらん」

電話の向こうで、桜井美月は震える声で言った。「前の事故のせいで、私の過激なファンたちが千恵子さんに仕返しをしようとしている。たった今、彼らが千恵子さんのスタジオで暴れているかもしれないという情報を受けた!武樹さん、スタジオに見に行ってもらえないか?彼女が危険な目に遭わないか心配で……」

浅野武樹は少し和らいだ口調で答えた:「心配するな。無事だ。もう第一病院にいる」

桜井美月は息を呑み、声が少し上ずった。

「千恵子さんは怪我を?申し訳ない、武樹さん、私のせいだ……きっとひどい怪我したでしょ。今すぐ見舞いに行く!」

浅野武樹は不快そうに眉間を揉んだ。

彼は面倒事が嫌いだった。

「少し縫合しただけだ。来る必要はない。ゆっくり休んでいい」

桜井美月は小山千恵子が軽傷で済んだと聞いて内心非常に不満だったが、それでも大人しく電話を切った。

少し考えた後、目に計算高い光を宿し、やはり車を用意させて病院へ向かった。

桜井美月が病院に着いた時、小山千恵子はすでに病室にいた。

しかし浅野武樹の姿は見当たらなかった。

小山千恵子は縫合を終えたばかりで、左腕には分厚い包帯が巻かれていた。

麻酔がまだ効いており、蒼白な顔で眠っていた。

桜井美月は彼女の顔を見つめ、車椅子の肘掛けをきつく掴んだ。

きっとこの顔のせいよ。武樹さんが今でも彼女のことを忘れられないのは!

突然病室のドアが開き、桜井美月が振り返ると、目の光が暗くなった。

浅野武樹だと思ったのに。

横山先生は少し躊躇いながら入ってきて、眉をひそめた。

「患者さんのご家族は?」

さっきご主人がいたはずなのに。

桜井美月はすぐに応じた。「千恵子は私の義姉です。何かあったんですか?」

彼女は小山千恵子に大きな災難が降りかかることを心の底から願っていた。

横山先生は少し躊躇った後、血液検査の結果を手渡した。

「患者さんの血液検査に深刻な問題があります。早急に血液がんの治療を始める必要があります。ご家族の方に後ほど私の診察室までお越しいただきたいのですが。」

桜井美月は血液がんという言葉を聞いて、笑いそうになった。

桜井美月は急いで自分の頬をつねり、表情を抑えた。

「はい、わかりました。兄に伝えておきます。」

横山先生が病室を出ると、桜井美月は冷笑を抑えきれなかった。

「小山、見てよ。神様も私の味方よ。分かっているなら、さっさと死んでしまいなさい。」

彼女は携帯を取り出し、小山千恵子の顔とベッドを何枚かの写真を撮った。

浅野武樹は重要な電話会議があり、キャンセルしようと思ったが、取締役会の圧力に耐えきれず、仕方なく車の中で会議に参加した。

病室に戻ると、入り口で桜井美月に出くわした。

桜井美月は目が覚めたかのように顔を上げ、微笑みを浮かべた。

「武樹さん!待ってるのよ」

浅野武樹は近づき、彼女が手に持つ検査結果を見下ろした。

「どうした?」

桜井美月は素直に浅野武樹に用紙を渡し、心配そうな表情を浮かべた。

「千恵子さんの血液検査の結果だ。先ほど先生が来られて、重度の貧血があるので十分な療養が必要だとおっしゃったの。私、血液科の専門医を何人か知っているので、さっき連絡を取るように頼んでおいた……」

浅野武樹は血液検査の結果に目を通しながら、桜井美月の目に光る狡猾さに気付かなかった。

小山千恵子が血液がんを患っていることを浅野武樹に知らせるはずはなかった!

彼女は小山千恵子が早く死ぬことを願っていた。

浅野武樹は目を下げ、桜井美月の手首にある深い傷跡に目をやり、表情に気遣いの色が混じった。

「美月、こういうことは気にするな。自分のことを大切にしろ」

桜井美月は慌てたふりをして照れくさそうに、わざと捲り上げていた袖を下ろした。

「大丈夫だ、武樹さん……」

前髪が桜井美月の目に浮かぶ狡猾な光を隠した。

自ら刻んだ傷の痛みが深ければ深いほど、今の彼女の心は誇りに満ちている。

小山千恵子、あなたが私に勝てるはずがないわ。

桜井美月は長居するつもりはなかった。「武樹さん、千恵子さんが大丈夫なら、私はこれで失礼する」

浅野武樹は立ち上がり、介護人から車椅子を受け取った。「ああ、送ってやる」

桜井美月を見送ったばかりの浅野武樹は、病室の入り口で思いがけない来訪者と出くわした。

千葉隆弘は白い長袖のTシャツにジーンズを着て、リュックを背負い、焦りながら待っていた。

浅野武樹はびっしりのスーツに高級な革靴を履き、カフスとネクタイピンは控えめな輝きを放ち、傲然とした表情で来訪者を見つめた。

「千葉さん、少し遅かったんじゃないですか?」

千葉隆弘は振り返り、浅野武樹を鋭く警戒的な目で見た。

目を転じると、男が手に持つ血液検査の結果が目に入った。

小山千恵子の名前が書かれていた!

千葉隆弘の心が締め付けられた。

小山千恵子は以前、がんのことを浅野武樹に知られたくないと彼に言っていた。

浅野武樹は背の高い体を半歩動かし、病室の入り口を塞ぐと、肌に触れるような冷気を自然と放ち始めた。

二人の男が視線を合わせると、周囲の空気は氷点下まで下がった。

病室のドアが開き、看護師が部屋から出てきた。

手にはベッドサイドの花束を持ち、表情は良くなかった。

「ご家族の方はどなたですか?患者さんが目を覚まされました。それと、小山さんはユリにアレルギーがあるそうなので、今後は病室に持ち込まないでください。」

浅野武樹は大きな百合の花束を見つめ、顎の線が引き締まり、不機嫌な表情を浮かべた。

桜井美月が浅野家の養女として迎えられて以来、浅野遥は彼女を非常に可愛がっていた。

桜井美月が百合の花を好むため、浅野遥は一言で庭のアイリスを全て抜き、白い百合に植え替えさせた。

その後、小山千恵子は浅野実家に戻らなくなった。

彼も小山千恵子に長い間花を贈ってなかった。

浅野武樹は入室し、病床に横たわる虚弱で蒼白な小山千恵子を見て、感情が渦巻き、理由もなく苛立ちを覚えた。

小山千恵子は目の中の迷いと脆さを隠し、すぐに本題に入った。声は低く掠れていた。

「浅野、今回の救助は借りとする。お金はもういらない。すぐに離婚しよう」

彼女は浅野武樹とこれ以上関わりたくなかった。

祖父の療養施設の費用は、自分で何とかするつもりだった。

浅野武樹の目には怒りが潜んでいた。

この女は死の淵から生還したばかりなのに、金のことと離婚のことしか口にしないのか?

男の心に残っていたわずかな優しさも消え去り、怒りを笑いに変えた。

「前から言っているだろう。子供を産めば、お前の望む金も離婚も、全て与してやる」

入り口に立っていた千葉隆弘の表情が一瞬で変わった。

彼は怒り狂った獣のように突進し、浅野武樹の襟首を掴み、青筋の浮いた拳を握り締めた。

「浅野武樹、お前はまだ人間か!?」

千葉隆弘の目が炎を噴いていた。小山千恵子の面子を考えなければ、帝都圏の大物だろうが、億万長者だろうが……

彼、千葉隆弘は眼中にないのだ!

入り口で待機していたボディーガードたちが一斉に部屋に押し寄せたが、浅野武樹は手を上げて制止した。

室内は一触即発の緊張状態だった。

「隆弘、もういいの」小山千恵子は重々しく口を開いた。

彼女はもともと全てを打ち明けるつもりはなかった。

しかし賭け台に上がった賭博師は、最後まで負け続けると、切り札を出す以外に選択肢はない。

小山千恵子は痛む腕を支えながら、よろめきながら起き上がった。

千葉隆弘は拳を下ろし、急いで身を屈めて彼女を支えた。

小山千恵子は軽く咳をして、波風が立たない目で入り口に立つ傲慢な男を見つめた。

「浅野、私は血液がんだ。あなたの子供は産めない。別の条件にしてください。」