浅野武樹を後悔させる

その夜のサザビーズのオークション会場は、華やかな雰囲気に包まれていた。

来場者が多すぎて、オークションは国立スタジアムで開催せざるを得なくなった。

正面玄関は高級車で身動きが取れないほど混雑していた。

高い階段には警備員とボディーガードが所狭しと並んでいた。

百メートルにも及ぶ豪華な赤絨毯が敷かれ、両側には報道陣が群がっていた。

藤原晴子は忙しい中、小山千恵子のためにドレスを用意し、朝早くから会場に向かっていた。

小山千恵子は十分な睡眠を取り、英気を養っていた。

地下鉄の駅を出た時には、すでに日が暮れていた。

彼女は入り口の人混みを避けて、玄関にたどり着いた。

スタッフは質素な服装ですっぴんな小山千恵子を見て、不機嫌な表情を浮かべた。

「招待状を見せてください。」

小山千恵子はそこで思い出した。藤原晴子が外出前に電話するように言っていたのを、完全に忘れていた。

玄関では人々が行き交い、小山千恵子に好意的とは言えない視線を向け、あちこちで噂話が聞こえた。

「あれは浅野家から追い出される小山千恵子じゃない?」

「あんな格好で、招待状もないのに、潜り込もうとしてるの?」

そのとき、玄関にメルセデスベンツのワゴン車が到着した。

小山千恵子は一目で、それが桜井美月の車だと分かった。

ドアマンが開けると、背の高い端正な男性が車から降りてきた。

浅野武樹はいつもの黒いスーツ姿で、生地は控えめな高級感を漂わせ、メタリックな光沢を放っていた。

イタリア製の手作り革靴は優雅な輝きを放っていた。

桜井美月は車椅子に座り、後ろの浅野武樹に押されて赤絨毯の上を進んだ。

二人は入り口に立つ小山千恵子の前を通り過ぎた。

桜井美月の顔には礼儀正しい笑みが浮かんでいたが、目には軽蔑の色が隠せなかった。

「千恵子さん、どうしてここに?」

浅野武樹の瞳の色が冷たくなったが、口を開くことはなかった。

スタッフは丁重に挨拶をした。

「浅野さん、桜井さん、この小山さんとご一緒でしょうか?招待状をお持ちでないようですが。」

桜井美月は笑顔で答えた。「一緒ではありません」

浅野武樹は小山千恵子を一瞥もせず、車椅子を押して去っていった。

周囲がざわめいた。

「浅野武樹は小山千恵子を見向きもしなかったわ」

「なんでここに来て恥をかくの?復縁を求めに来たんじゃない?」

「桜井美月によく話しかけられたわね。昔、小山千恵子に殺されかけたって聞いたのに」

小山千恵子は背筋を伸ばして立っていたが、夜風で体が冷え切っていた。

藤原晴子はパーカーとジーンズ、スニーカー姿で息を切らしながら玄関に駆けつけた。

「千恵子、こっち!」

スタッフは藤原晴子が差し出したスタッフ証を受け取り、小山千恵子を上から下まで長々と見つめた後、しぶしぶ「どうぞ」と言った。

小山千恵子はキャンバスバッグを肩にかけ、うつむいて中に入り、藤原晴子を引っ張って急いで立ち去った。

本来はスタッフ証を使って目立たないようにするつもりだった。

まさか玄関で会いたくない人たちに全て出くわすとは思わなかった。

道中、小山千恵子は多くの人々の噂話を耳にした。

今日のオークションには、海都市の名家からも人が来ているという。

彼女が目を上げると、人群れの中に見覚えのある姿を見つけた。

「隆、隆弘くん?」

小山千恵子が小声で呼ぶと、藤原晴子も顔を上げて驚きの声を上げた。

「あれって、あなたの祖父の介護士じゃない?すごくかっこいい!」

千葉隆弘は青白い中華風サテンスーツを着て、シャンパングラスを手に、各界の名士たちに囲まれて歓談していた。

普段は少し乱れた前髪も、今日は丁寧にセットされ、両側に整然と流されていた。

小山千恵子が呆然としている間に、千葉隆弘の輝く目が彼女を見つけ、たちまち生気を帯びた。

彼は人群れを必死に掻き分けて小山千恵子の方へ向かった。

後ろの数人の大柄なボディーガードが苦労して付いてきて、一歩も離れなかった。

「千恵子さん!」

千葉隆弘が小山千恵子の前に来ると、ボディーガードたちはすぐに静かな空間を作り出した。

小山千恵子はそこで思い出した。道中で多くの人々が噂していたことを。

海都の第一の豪族、千葉製薬の今まで公に姿を見せたことのない次男が今日来ているという。

その次男が彼だったとは。

「申し訳ありません、千恵子さん。いろいろな事情があって、本当の身分をお話しできませんでした。」

千葉隆弘は申し訳なさそうに彼女を見つめた。小山千恵子はむしろ何か懐かしい感覚を覚えた。

「もう……いいわ。ここで何をしているの?」

小山千恵子は聞いた後で少し後悔したが、千葉隆弘は彼女に逃げる機会を与えなかった。

「姉さんのオークション品を買いに来たんです。祖父の療養費を出させてくれないなら、姉さんの品物を落札するのは断れないでしょう」

小山千恵子は手で彼の首筋を軽く叩いた。

「ふざけないで。値段をつけちゃダメよ。私の計画を台無しにしないでね」

藤原晴子が後ろで何度か急かしたので、小山千恵子は準備に行かざるを得なかった。千葉隆弘は彼女が去っていくのを見送った。

遠くから、墨のように黒い瞳がずっとこの辺りを見つめていた。

浅野武樹は無意識に指輪を撫でながら、傍らにはビクビクした寺田通が立っていた。

通常、浅野社長がこのような仕草をするときは、すでに怒りが頂点に達している証拠だった。

寺田通は覚悟を決めて謝罪した。

「申し訳ありません、浅野社長。千葉隆弘が千葉家の次男だとは調べられませんでした。私の不手際です」

浅野武樹の表情は少しも和らがず、周囲に冷気が漂っていた。

海都の千葉家は大きな勢力を持ち、地元での影響力は浅野家に引けを取らない。

次男の身分を隠すとなれば、寺田通がどれほどの手腕を持っていても、真相を突き止めるのは難しかっただろう。

浅野武樹が怒っているのはそのことではない。

彼はこの若造を見くびっていただけでなく、小山千恵子と彼との関係も見くびっていた。

まさか、自分のベッドから降りてわずか数ヶ月で、千葉家の次男に取り入るとは思わなかった。

小山千恵子、俺は本当に君を見くびっていたようだ。

「寺田通、一時間やる。オークション開始までに、千葉隆弘の素性を徹底的に調べろ」

*

休憩室に着くと、藤原晴子はまだ驚きの表情を浮かべていた。

「私、前にあの若い介護士が頼りないって文句言ってたわ。覚えてる?当時、私のイケメン男性アイドルグループにスカウトしようと思ったくらいなのに。まさか千葉家の次男だったなんて」

小山千恵子も予想外だった。

彼女は千葉隆弘がせいぜい金持ちの二世だと思っていた。

家業を継ぐ気はないが、それなりにまともな仕事をしていた。

毎日アルバイトでお金を貯め、レース好きで、レーシングチームを運営していた。

彼は以前、レーサーになるのが夢だと話していた。

藤原晴子は小山千恵子に冊子を渡し、手際よくヘアアイロンを温め始めた。

「ねえ、これ、来場者リスト。ざっと目を通しておいて。私はメイクと髪の準備するから。」

着替えの時、藤原晴子は舌打ちをして、針と糸でドレスのウエストを縫い始めた。

「また痩せたじゃない。これ以上痩せちゃダメよ」

小山千恵子は目を逸らした。

「最近食欲がなくて」

彼女は自分の病気のことを藤原晴子に話していなかった。悲しませたくなかったから。

素直にドレスに着替えると、藤原晴子は満足げに上下を見渡した。

「いいわね、この美貌なら、デビューしたら絶対ブレイクするわ。デザイナーなんかやめて、芸能界に来なさい。お金の稼ぎが早いわよ」

小山千恵子は背が高く、骨格は小さめだった。

黒くつやのある髪は大きなウェーブにカールされ、黒いベルベットのスリット入りキャミソールドレスと相まって。

全体的に珍しく妖艶で魅惑的な雰囲気を醸し出していた。

小山千恵子は長らくドレスを着ていなかったし、まして大人の色気漂うこのようなスタイルは尚更だった。

一瞬顔が熱くなり、少し落ち着かない様子を見せた。

藤原晴子はニヤリと笑った。

「ずっとこのスタイルを着せたかったのよ。浅野武樹のクソ野郎が見たら、絶対後悔して青くなるわ」