第11章 ここに誰かが触れたのか

舞台の上の小山千恵子はマイクを手に取り、水のように柔らかな声がホールに響き渡った。

「私の作品を認めていただき、ありがとうございます。この機会に、私からご報告させていただきます。私はサンダースのウェディングドレスデザイナーとしての活動を正式に終了し、これが最後の作品となります」

会場が騒然となり、司会者も立ち尽くしたまま、シャッター音とフラッシュが絶え間なく鳴り続けた。

「今後は、独立ブランドのディレクターとして、オートクチュールの依頼を受けることにいたします。ありがとうございました」

一礼して退場する千恵子の短い登場は、会場の全員を震撼させるには十分だった。

千恵子は足取りが軽くなったように感じた。

このウェディングドレスを売り払うことで、重い枷を外したような気分だった。

久しぶりに、心が少し軽くなったように感じた。

でも緊張していないと言えば、嘘になる。

舞台の下に立っていた時、千恵子は心臓が喉まで飛び出しそうで、手のひらは熱くなっていた。

サンダースは、長年にわたって彼女が最も深く隠してきた秘密だった。

今、突然公になり、外界からどれだけの目が彼女を見つめているか分からない。

千恵子が休憩室に入るや否や、ノックの音が響いた。

千恵子は驚いて「どなたですか?」と尋ねた。

その声には、かすかな震えが混じっていた。

右目が痙攣し、不吉な予感がした。

ドアの外に立っているのは、おそらく彼女が最も会いたくない人物だろう。

冷たく低い声がドアを通して聞こえてきた。

「千恵子、開けろ」

やはり浅野武樹だった!

千恵子は慌てて立ち上がり、体が揺れて何とか踏みとどまった。

そうだ、浅野武樹が彼女を見逃すはずがない。

三歩後ずさり、ドアから遠ざかりながら、千恵子は細く白い手を神経質に絡ませた。

開けてはいけない、絶対に彼の手に落ちてはいけない!

千恵子は歯を食いしばって声を出すまいとした。再びノックの音が響いた。

今度はより急かすような、いらだちの混じった音だった。

ドアの外の人物は、すでに待ちくたびれていた。

「開けろ!」

千恵子はそこで初めて、ドアの前に複数の足音があることに気付いた。

強制的に連れて行くつもりなのか?

浅野武樹は相変わらず、横暴で強引だった。

ノックは最後の通告に過ぎず、最初から彼は必ず手に入れるつもりだった。

鍵が「カチッ」と音を立て、ドアノブが勢いよく回された。

ドアが開き、浅野武樹が寒気を纏って立っていた。

端正な顔には厳しい表情が浮かび、額に散らばった髪の毛の下で、目には危険な赤みが光っていた。

怒りを必死に抑えているようで、全身から危険な雰囲気を放っていた。

千恵子は浅野武樹の後ろに立つ、恭しく冷や汗を流す劇場支配人を見て、顔から血の気が引いた。

帝都で、浅野家を恐れない者などいない。

千恵子はよろめきながら後退し、背中が冷たい壁に触れた。

「あなた…」

言葉が終わらないうちに、浅野武樹は長い足で部屋に入り、休憩室のドアが彼の背後で「バン」と音を立てて閉まった。

男は大股で近づくと、手を伸ばして千恵子の小さく脆い首筋を掴み、自分の前に引き寄せた。

「俺を弄ぶのは、楽しかったか?」

同じウェディングドレスを、前後二回も買わされた。いつから浅野武樹が騙されるような馬鹿になったのか、彼女に弄ばれるような存在になったのか!

浅野武樹は手に力を込めたい衝動を抑え、千恵子という花を自分の手で折ってしまいたかった。

千恵子は大きな手に拘束され、目に痛みで涙が浮かんでいたが、それでも目の前の冷酷な表情の男を強情に見つめ返した。

ビジネスの世界で、浅野武樹は若き獅子のように冷静で野心に満ち、手段は容赦なかった。

このような最も警戒すべき猟手に対して、千恵子はいつも水のような優しさで、彼の眉間の殺気と懸念を解きほぐしていた。

千恵子は両手で浅野武樹の腕を必死に掴み、彼に力を緩めさせた。

「私はただお金が必要だっただけよ。あなたが最初から離婚に同意していれば、こんなに惨めな思いをすることもなかったのに」

浅野武樹の目が急に冷たくなり、口角が嘲笑うように上がり、ゆっくりと指のグリーントルマリンの指輪を回した。

彼女は分かっていたはずだ、これが彼を怒らせることを。

「お前は俺を挑発するのが好きらしいな」

千恵子は腕を組んで、逃げ出したい衝動を抑えながら、浅野武樹から顔を背けた。

首筋を掴まれた跡がまだ薄紅く残り、背中の肌をより白く脆く見せていた。

浅野武樹は黒いスーツの上着を脱ぎ、片手で千恵子を抱き寄せ、しっかりと包み込むと、手を上げて担ぎ上げた!

「浅野武樹、離して!」

男は聞こえないふりをし、片腕で千恵子の細い体をしっかりと拘束したまま、ドアを開けて大股で出て行った。

千恵子は両足で浅野武樹の腰を蹴り、腕で岩のように硬い腕を叩いた。

浅野武樹はまるで感じていないかのように、動じることなく、服を着たままの彼女を黒いカリナンの後部座席に押し込んだ。

寺田通は目は鼻を見、鼻は心を見るように、運転席に座るとすぐに新居に向かって走り出し、終始聞こえないふりをした。

浅野武樹は薄い唇を引き締め、一言も発せず、全身から怒りの気配を放ちながら、片手で千恵子をしっかりと抱き寄せていた。

千恵子は全力で抵抗したが、浅野武樹に近づきたくなかった。

香り立つ柔らかな玉が腕の中で絶えず擦れ合い、浅野武樹の呼吸が乱れ、警告するように声を発した。その声には掠れが混じっていた。

「おとなしくしろ。ネクタイで縛りたくない」

千恵子は彼が本当にそうするだろうと信じ、仕方なく大人しくなった。

病気になってから、彼女の体はずっと虚弱で、今も額に薄い汗が浮かんでいた。

手足はうどんのように柔らかく、力が入らなかった。

車が新居に向かって走るのを見ながら、千恵子の目に一瞬の寂しさが浮かんだ。

前回ここに来たのは、何ヶ月前だったか…?

浅野武樹の携帯が何度か鳴り、千恵子は近くにいたため、着信表示が一目で分かった。

桜井美月。

浅野武樹の表情が目に見えて冷たくなり、しばらくしてから電話に出た。

「岩崎さん、どうしてまだ帰ってこないの?私、黒鶏のスープを作ったの。あなたの帰りを待ってるわ」

浅野武樹は深く息を吸い、目を閉じて怒りを抑えた。

「帰らない。待つな」

電話の向こうの桜井美月はさらに甘えた声で:「岩崎さん、美月のことを怒らないで。私、家であなたを待ってるわ、いい?」

千恵子は酸っぱさで頭皮がしびれ、思わず冷笑を漏らした。

いったいどこがいとこ同士なのか、まるで新婚夫婦のようで、本当に吐き気がする。

電話の向こうの桜井美月は瞬時に尻尾を踏まれた猫のように叫び出した。

「岩崎さん!そばにいるのは誰?千恵子さん?どうしてあなたは——」

浅野武樹はついに我慢の限界に達した:「夫婦の問題に、お前は関係ない」

言い終わると一方的に電話を切った。

浅野武樹と千恵子の新居がすぐ目の前に見えた。数十億円の価値がある中腹別荘だ。

見覚えのある大きなベッドに投げ出された千恵子は、一瞬ぼんやりとした。

このわずかな隙に、浅野武樹は虚を突いた。

ビリッという音と共に、男はドレスのスリットに沿って、小さなドレスを布切れのように引き裂いた。

千恵子は驚愕の表情で体を丸めようとしたが、男は片手で彼女の細く繊細な両手首を拘束し、膝で玉のように長く美しい脚を押さえつけた。

目の前で咲き誇る花を見つめ、浅野武樹は喉仏を動かし、目の奥に欲望が渦巻き、胸の中が熱く燃えた。

男の前に無理やり晒され、千恵子は恥ずかしさと怒りで目尻を赤く染め:「離して…」

この姿は男の心の中の征服欲をさらに刺激した。

後半の抗議の言葉はそのまま封じ込められ、浅野武樹の唇が攻め込むように、すぐに歯列を開かせ節度なく略奪した。

千恵子は強引なキスに目尻に涙を浮かべ、全身が柔らかくなった。

浅野武樹は彼女の体を熟知しており、数回の愛撫で火をつけた。

千恵子は欲望と恥辱の中で沈淪し、目を閉じれば破滅へと向かえることを切に願った。

千恵子が酸素不足で目の前が少し暗くなるまで、浅野武樹はようやく彼女に呼吸をさせ、顔を横に向けて耳たぶや首筋にキスをし、欲望を帯びた声は低く掠れていた。

「ここは、誰かに触られたのか?」