第30章 小山お嬢さんの容態が悪化

浅野武樹は桜井美月を自分の黒いカリナンの後部座席に座らせ、自身も乗り込むと、車は素早く帝都ホテルを離れた。

桜井美月は落ち着いているふりをしていたが、緊張していた神経がこの瞬間に崩れ去った。

彼女は頭を傾け、浅野武樹の肩に伏せて、止まらないほど泣き出した。

「岩崎さん、ごめんなさい……」

浅野武樹は座ったまま動かず、横を見ながら尋ねた。「なぜ謝るんだ?」

桜井美月は涙を拭いながら言った。「私が現れてから、ずっと岩崎さんに迷惑をかけてきました。今回は千恵子さんの安全を守りたかっただけなのに、また失敗してしまって……どうしてこんなことになってしまったんでしょう。」

浅野武樹は一瞬躊躇してから、ティッシュを一枚取り出して彼女に渡し、低い声で話し始めた。

「調査する。木下さんの携帯電話は、私のチームが解析を手伝ったからな。」

桜井美月は驚いて顔を上げた。「なるほど、だから木下おじさんの声を素材として持っていたんですね。」

桜井美月は心の中で冷笑した。

もちろん、データを復元したのが浅野武樹だということは知っていた。あの日、浅野武樹のオフィスに乗り込んだのは、それを確認するためだった。

今回のことで、浅野武樹は彼女に対して申し訳なく思っている。これこそが最高の結果だ!

桜井美月は今にも泣き出しそうな表情に変え、さらに感情を込めて話し始めた。

「これだけのことがあって、実は私も考えました。芸能界を去って、公人としての生活をやめようかと。でも今の私はダンスもできないし、自分の力で輝くことができなければ、まるで無用の人間のように、何もできない。存在する意味さえわからなくなって……これから岩崎さんが結婚して、浅野おじさんが年を取られたら、私はどうすればいいのでしょう……」

浅野武樹は軽くため息をつき、スーツの上着を脱いで桜井美月の肩にかけた。

「そんなことを考えるな。」

浅野武樹の心には何の波風も立たなかった。

彼はすでに愛情と結婚に絶望していた。

母は早くに他界し、小山千恵子との結婚も今のような状況になってしまった。

彼は本当の幸せな結婚も、実を結んだ愛情も見たことがなかった。

だから誰を妻にするかなど、浅野武樹は心の底からどうでもよかった。

桜井美月を娶っても、今の生活は少しも変わらないだろう。