第36章 嘘をつくな、私は分かる

小山千恵子は浅野実家を離れ、藤原晴子の車で療養院に戻り、すぐに眠りについた。

目が覚めると、療養院の周りで騒ぎを起こす人はもういなかった。

ネット上の話題も収まり、すっかり消えていた。

まるで何も起こらなかったかのようだった。

桜井美月が彼女を刺激しないのなら、彼女はその存在を無視することができた。

残された日々は少ないのだから、無関係な人と争う必要はない。

母の死の真相を探り、手元のデザイン依頼を処理する、これらすべてに時間が足りないと感じていた。

小山千恵子は久しぶりの静けさの中、午前中ずっとデザイン画を描いていた。

昼食後、祖父が昼寝をしている間、若い看護師が顔を出して千恵子を呼び出した。

「小山お嬢さん、お客様です。」

千恵子は不思議に思いながら、受付に向かった。

着いてみると、来訪者は寺田通だった。

「寺田補佐、どうかしましたか?」

寺田通は目を輝かせ、数歩前に出た。「奥様、こんにちは。」

千恵子は目を伏せて笑った。「もう奥様とは呼ばないでください、寺田補佐。」

寺田通は少し気まずそうに笑った。「はい、小山お嬢さん。浅野社長が浅野グループまでお越しいただきたいとのことです。」

千恵子は思わず半歩後ずさりした。

まるで彼女が断ろうものなら、周囲に潜んでいるボディーガードたちが彼女を強制的に連れて行きそうな雰囲気だった。

寺田通は慌てて声を低くして説明した。「浅野社長が、あの録音についての件だとおっしゃっています。」

千恵子は眉を上げた。「調べたのですか?」

寺田通は従順に頷いた。「はい、すでに浅野グループの最高技術チームが鑑定を終えています。」

千恵子は顔を上げ、軽くため息をついた。「わかりました、行きましょう。」

ちょうどこの機会に、離婚の件も話し合おうと思った。

桜井美月が長引かせて、また面倒を起こすのを防ぐためにも。

浅野グループ社長室。

千恵子は見慣れたドアを通り、重厚な扉が背後で閉まった。

極端に低い室温の空調で身震いした。

浅野武樹は書類から目を上げ、ドア口に立つ女性を一瞥した。

「寺田、ブランケットを持ってきなさい。」

千恵子は寺田通が持ってきたブランケットを受け取り、まだ仕事をしている浅野武樹を一目見て、視線を外し、それを羽織ってソファに座った。