小山千恵子は浅野実家を離れ、藤原晴子の車で療養院に戻り、すぐに眠りについた。
目が覚めると、療養院の周りで騒ぎを起こす人はもういなかった。
ネット上の話題も収まり、すっかり消えていた。
まるで何も起こらなかったかのようだった。
桜井美月が彼女を刺激しないのなら、彼女はその存在を無視することができた。
残された日々は少ないのだから、無関係な人と争う必要はない。
母の死の真相を探り、手元のデザイン依頼を処理する、これらすべてに時間が足りないと感じていた。
小山千恵子は久しぶりの静けさの中、午前中ずっとデザイン画を描いていた。
昼食後、祖父が昼寝をしている間、若い看護師が顔を出して千恵子を呼び出した。
「小山お嬢さん、お客様です。」
千恵子は不思議に思いながら、受付に向かった。
着いてみると、来訪者は寺田通だった。
「寺田補佐、どうかしましたか?」
寺田通は目を輝かせ、数歩前に出た。「奥様、こんにちは。」
千恵子は目を伏せて笑った。「もう奥様とは呼ばないでください、寺田補佐。」
寺田通は少し気まずそうに笑った。「はい、小山お嬢さん。浅野社長が浅野グループまでお越しいただきたいとのことです。」
千恵子は思わず半歩後ずさりした。
まるで彼女が断ろうものなら、周囲に潜んでいるボディーガードたちが彼女を強制的に連れて行きそうな雰囲気だった。
寺田通は慌てて声を低くして説明した。「浅野社長が、あの録音についての件だとおっしゃっています。」
千恵子は眉を上げた。「調べたのですか?」
寺田通は従順に頷いた。「はい、すでに浅野グループの最高技術チームが鑑定を終えています。」
千恵子は顔を上げ、軽くため息をついた。「わかりました、行きましょう。」
ちょうどこの機会に、離婚の件も話し合おうと思った。
桜井美月が長引かせて、また面倒を起こすのを防ぐためにも。
浅野グループ社長室。
千恵子は見慣れたドアを通り、重厚な扉が背後で閉まった。
極端に低い室温の空調で身震いした。
浅野武樹は書類から目を上げ、ドア口に立つ女性を一瞥した。
「寺田、ブランケットを持ってきなさい。」
千恵子は寺田通が持ってきたブランケットを受け取り、まだ仕事をしている浅野武樹を一目見て、視線を外し、それを羽織ってソファに座った。