浅野武樹は顔を曇らせた。
「必要ない。美月、自分のことを大切にしなさい」
桜井美月の表情が一瞬変わり、驚いたような様子で、すぐに目に涙が溢れ、震える声で話し始めた。
「そう、ですね...私は半身不随で、子供も産めない。岩崎さんは誰と結婚しても、私よりはましでしょう。私が勝手に期待してしまっていただけ...」
浅野武樹は拳を握りしめ、心の中で嫌悪感が湧き上がった。
さすがは桜井美月、モラルハラスメントは手慣れたものだ!
浅野遥は桜井美月を見つめ、表情が和らいだ。
「美月、お前の体は、叔父さんが必ず治してあげる。お前の提案も悪くない。武樹、千恵子との愛情が無くなったのなら、美月と結婚すれば、桜井唯の御霊にも申し訳が立つだろう」
桜井美月の心は狂喜した!
彼女は岩崎さんがすぐには承諾しないだろうと予想していた。
しかし少なくとも、浅野遥は自分の味方だ!
どうせ小山千恵子はもう長くは生きられない。じっと我慢していれば、浅野武樹は必ず自分と結婚するはずだ。
浅野武樹は桜井美月を一瞥もせずに席を立った。
彼の心には憎しみが広がっていた。
浅野遥は母の死の真相を隠し、慈父を演じているが、それも母の死が浅野家の名誉と地位に影響を与えることを恐れ、真相を押し隠したのだろう。
自分の手段を選ばない性格も、父親と比べればまだまだ及ばない。
浅野武樹が席を立つのを見て、桜井美月は俯いた。
一筋の涙が目尻から流れ落ち、ちょうど浅野遥の目に留まった。
浅野遥は慰めの言葉をかけた:「美月、悲しまないで。お前は浅野家のために多くを犠牲にしてきた」
桜井美月は小さく啜り泣いた:「叔父さん、私は何もしていません。家族として迎えていただけるだけで、とても幸せです」
浅野遥は目を閉じて椅子に寄りかかり、軽く首を振った。
「私は桜井唯に対する借りを、一生かけても返せない」
桜井美月は俯いたまま黙っていたが、心の中では得意げだった。
彼女が望んでいたのは、まさに浅野遥の桜井唯に対する罪悪感だった!
実の両親の顔も見たことがなく、感情的な繋がりもないけれど。
しかし桜井美月は知っていた。争わなければ、何も手に入らず、いじめられるだけだということを!
かつてスラム街で過ごした日々のように...
桜井美月は身震いし、過去の生活を思い出すのを拒んだ。