藤原晴子がドアを開けて入ってきて、キャリーバッグを引きながら、せわしなく荷物をまとめ始めた。
「千恵子、千葉隆弘の人たちがおじいさんを迎えに行ったわ。早く荷物をまとめて、とりあえず海都市に数日避難しましょう」
小山千恵子は怒りで目が赤くなり、爪が手のひらに食い込み、痩せた体が震えていた。
「なぜ私が行かなければならないの?」
千恵子の歯を食いしばるような声を聞いて、藤原晴子はため息をつき、千恵子の両肩に手を置いた。
「千恵子、私たちは浅野野郎と正面から戦えないの。今は、あなたが安全に治療を受けることだけを考えているの。浅野武樹があなたを連れて行ったら、私はどうすればいいの?」
浅野武樹に連れて行かれるたびに、千恵子は怪我をするか発作を起こすかで、藤原晴子はもう怖くなっていた。
千恵子は、いつもおおらかな藤原晴子の涙を含んだ目と震える口元を見て、心が折れた。
「わかったわ、行くわ」
藤原晴子は手際よく荷物をまとめながら、浅野武樹の悪口を言い続けた。
「あの野郎、名家の出身のくせに、やることは完全なチンピラよ!力づくで奪うことしか知らないのよ!」
千葉隆弘の慌ただしい電話を思い出し、千恵子は不安になって手を早めた。
浅野家と千葉家は、これまでお互いの領域を侵すことはなかった。
今回、浅野武樹は大々的に千葉家の帝都での最重要事業を奪い取り、帝都でも海都市でも大きな波紋を呼んでいた。
千恵子には分かっていた。浅野武樹が療養院をこんなに素早く買収したのは、千葉家を攻撃するためだと。
しかし、彼の本当の狙いはおそらくおじいさんだった。
千恵子はキャリーバッグを引きながら、急いでおじいさんの特別室に向かったが、八人ほどの屈強なボディガードに入り口で止められた。
見たことのない顔ばかりだった。
千葉隆弘の部下ではない!
千恵子は心が沈み、必死に中を覗き込もうとした。
特別室のドアが半開きになっていて、おじいさんはマッサージチェアに座って、誰かと楽しそうに話をしていた。
一陣の風が吹き、特別室のドアが開いた。千恵子は瞬時に目が赤くなり、必死にもがいた。
おじいさんと話をしていた人物は、車椅子に座り、満面の笑みを浮かべた桜井美月だった!
熱い涙が千恵子の目から溢れ出た。彼女は赤い目で叫んだ。「桜井美月、おじいさんから離れなさい!」