寺田通は運転席に座り、針のむしろに座っているような気分だった。
後部座席の浅野武樹の視線が、刃物で切られるように背中に突き刺さるのを感じた。
バックミラーから見ると、男は煙草を指で挟み、何度か回してから精巧なシガレットケースに戻し、長い指でアームレストを叩き続けていた。
浅野武樹は確かに心が落ち着かなかった。
やっとの思いで療養院を買収し、千葉家の若造を海都市に追い返したというのに。
小山千恵子は寂しさに耐えられず、先に楽しみを見つけに行ったようだ。
以前はこんなに千恵子の周りに艶話があるとは思わなかったのに!
黒のカリナンがゆっくりとゼットホテルの正面玄関に停車した。
ドアマンは目ざとく浅野家の車を認識し、すでに恭しくドアを開けていた。
寺田通が車を降りる前に、浅野武樹が長い脚で一歩踏み出し、すでにホテルの中に入っていた。冷たく一言残して。
「ついて来る必要はない。ここで待て」
寺田通は足を引っ込め、また車の中に座り直し、背中が少し汗ばんでいた。
浅野社長は直接上がって、奥様を連れ戻すつもりなのだろう。
浅野武樹は最上階まで直行し、長い足で風を切るように歩いた。
入口で招待状を確認しようか迷っている困惑した表情のスタッフを無視し、そのままパーティー会場に入った。
小山千恵子はちょうど帰ろうとしており、ビーズのクラッチバッグを握りしめ、うつむいて外に向かっていた。
不意に温かく硬い胸板にぶつかってしまった。
千恵子は手を振り、顔も上げずに急いで立ち去ろうとした。「すみません…」
浅野武樹は冷たく鼻を鳴らし、その細い手を掴んだ。
「謝るのが当然だ」
千恵子は驚いて顔を上げ、浅野武樹を見た瞬間、反射的に後ずさりした。
次の瞬間、浅野武樹の長い腕に抱き寄せられ、そのまま連れ出された。
渡辺昭はグラスの中の飲み物を揺らしながら、遠くから浅野武樹が風のように入って来て、冷面の閻魔が嫉妬に駆られ、彼女を連れて出て行くのを見ていた。
面白い。
離婚を騒いでいるくせに、部外者の自分から見ても、浅野武樹が彼女を大切にしているのは明らかだった。
千恵子は浅野武樹に腰を強く掴まれ、痛くて我慢できず、もがいて抵抗した。
「離して、自分で歩くから…」