寺田通は運転席に座り、針のむしろに座っているような気分だった。
後部座席の浅野武樹の視線が、刃物で切られるように背中に突き刺さるのを感じた。
バックミラーから見ると、男は煙草を指で挟み、何度か回してから精巧なシガレットケースに戻し、長い指でアームレストを叩き続けていた。
浅野武樹は確かに心が落ち着かなかった。
やっとの思いで療養院を買収し、千葉家の若造を海都市に追い返したというのに。
小山千恵子は寂しさに耐えられず、先に楽しみを見つけに行ったようだ。
以前はこんなに千恵子の周りに艶話があるとは思わなかったのに!
黒のカリナンがゆっくりとゼットホテルの正面玄関に停車した。
ドアマンは目ざとく浅野家の車を認識し、すでに恭しくドアを開けていた。
寺田通が車を降りる前に、浅野武樹が長い脚で一歩踏み出し、すでにホテルの中に入っていた。冷たく一言残して。