第56章 まだ動くべき時ではない

小山千恵子と渡辺昭は監督のオフィスを出た。

彼女の心は久しぶりに少し軽くなった。

桜井美月が番組スタッフの中にいるのを見た瞬間、浅野武樹が番組に投資したことは間違いないと分かった。

しかし幸いなことに、白石監督は完全に買収されてはいなかった。まだチャンスはある。

それに、デザイン勝負なら誰にも負けるはずがない。

二人は小山千恵子の狭い住まいまで歩いて帰った。

渡辺昭はため息をつき、嫌そうな顔をした。

「こんなボロ屋、やっぱり引っ越さないとな」

ずっと我慢していた千恵子は、躊躇した末にようやく口を開いた。

「人から頼まれたって言ってたけど...千葉隆弘のことでしょう」

渡辺昭は笑い声を上げ、大げさに「あーやばい」と言った。

「あいつが知ったら、俺のことぶん殴りに来るぞ」

明らかにわざと漏らしたのだと千恵子は思った。