浅野武樹は彼女を抱き上げ、大股で病院を出た。
「寺田、車を。」
小山千恵子は揺れに気分が悪くなった。
まぶたを開けると、夢ではないことに気づいた。
彼女を抱いているのは浅野武樹で、表情は緊張していた。
彼女は心臓がドキドキした。
浅野武樹がなぜここに?
もしかして、彼女の病気のことを知ったのか……
「降ろして……」
浅野武樹の瞳の色が深くなり、千恵子の抵抗を無視して、両腕でさらに強く抱きしめた。
小山千恵子は胃の中がかき回されるようで、口を押さえ、全身の力を振り絞って浅野武樹の胸を殴った。
「咳、早く降ろして、吐きそう……!」
浅野武樹は反射的に足を止め、そっと千恵子を降ろした。
小山千恵子は入口のゴミ箱を見つけ、何度か空嘔吐をしたが何も出なかった。
生理的な涙を目尻に浮かべながら、浅野武樹が差し出したハンカチを受け取った。
口を拭い、体を起こした。
「浅野社長、何かご用でしょうか?」
浅野武樹は顔を曇らせ、非常に不機嫌そうな表情を浮かべた。
「私が聞きたいのはそっちだ。どうしたんだ?」
小山千恵子は視線を逸らし、口を開くつもりはなかった。
かつて彼女を溺愛していたこの男が、彼女を冷たい床に跪かせ、新しい女性のためにドレスを縫わせたことを、まだ覚えていた。
この屈辱が、また一度血なまぐさく彼女の心に刻まれた。
小山千恵子はハンカチをゴミ箱に捨て、藤原晴子の車に向かって歩き出した。
藤原晴子は状況が良くないと見て取り、すでに車のエンジンをかけて路上で待機していた。
彼女は浅野武樹に千恵子を連れて行かせるわけにはいかない!
寺田も車で、藤原晴子の車の横で待機していた。
両者は無言のまま対峙していた。
小山千恵子は結局浅野武樹の力には敵わず、黒いカリナンの後部座席に連れて行かれた。
藤原晴子はハンドルを叩き、カールした髪をかき乱した。
このクソ男、千恵子を放っておけないのか!
浅野武樹は車のドアを閉め、ロックをかけ、不機嫌な口調で言った。
「寺田、中腹別荘へ戻れ。」
寺田はすぐに車を発進させ、車は安定して走り出した。
車内は静まり返っていた。
寺田は渋々口を開いた。
「社長、午後の予定では臨海別荘に行って、桜井さんに何か持っていくことになっていましたが。桜井さんに連絡しましょうか?」